ERでの敗血症診療における抗菌薬投与の遅延と1時間バンドルの実現性 - 後ろ向きコホート研究 -

[ Journal Title ]
Antibiotic Delays and Feasibility of a 1-Hour-From-Triage Antibiotic Requirement: Analysis of an Emergency Department Sepsis Quality Improvement Database
Ann Emeg Med 2019 Sep 24 PMID:31561998

[ 論文の要約 ]
・背景
敗血症診療において抗菌薬投与を早期に行うことが推奨されている。過去には抗菌薬投与が1時間遅れるごとに死亡率が上昇することを示唆されたが、近年のMeta-analysisでは抗菌薬投与までの時間が1時間と3時間の患者ではその有益性に差がないという結果が示されていた。
一方The Center of Medicare & Medicaid Services(CMS)は、新規の臓器障害を伴うSIRSおよび感染を認める患者のうち、3時間以内に広域抗菌薬投与を受けた患者の割合の報告を、アメリカ国内の各病院に要求している。またSurviving Sepsis Campaignの2018年のupdateではトリアージから1時間以内というより早期の抗菌薬投与を標準治療として推奨している。一方でこの推奨に対してthe Infectious Diseases Society of Americaは不適切な広域抗菌薬投与を推進する可能性があるという懸念を示している。
このように敗血症診療において早期の抗菌薬投与を行うことの臨床的意義についてはいまだに味覚である。そのため、本研究では、Sepsis quality improvement initiativeの開始前後のEmergency Department(ED)におけるデータを解析することで、抗菌薬投与の遅延の原因、Quality improvement initiativeの効果を評価することを目的とした。
・方法
 研究デザインは単施設後ろ向きコホート研究(前後比較)とした。2014年4月1日から2016年3月31日の間に Massachusetts General HospitalのEDを受診した患者のうち、SEP-1(保険のためのcode病名としての敗血症の定義。感染症を疑われ、SIRSのうち2項目以上を満たし、1つ以上の臓器障害を伴うもの)に合致する患者、または入院時記録において感染症を疑われ、持続する低血圧か、乳酸値高値か、EDでの血管収縮薬の使用がある患者を組み入れた。侵襲的治療を行わない方針になっている患者と、他院から紹介されすでに治療介入されている患者は除外した。介入としては敗血症スクリーニングプロトコルの実施と症例毎の診療内容のスタッフへのfeedbackを行った。スクリーニングにはThe Shock Precautions on Triage(SPoT) Sepsis ruleを用いた。データは電子カルテデータから、患者の受診日時、予後についてmaskingされた2名のreviewerによって収集された。感染を疑うかどうかについては、症状を「明らか」と「あいまい」に分類した。「明らか」であるものとして発熱、悪寒、旋律、痰を伴う咳、排尿障害、軟部組織感染を疑うような皮膚の発赤、感染症と診断されて紹介されたことを含め、それ以外の症状は「あいまい」とした。Reviewerが決定した変数についてはCohen's κを求めて一致率を評価した。Primary Outcomeは抗菌薬投与遅延の割合とした。遅延の定義は1.CMSが求める循環不全の認識から3時間以上と、2.SSCGにあるトリアージから1時間以上の2つの定義をそれぞれ用いた。Secondary Outcomeとして抗菌薬投与までの時間、ICU入室率、院内死亡率を設定した。介入開始前と開始後ごとに比較し、離散変数についてはΧ二乗検定、連続変数に対してはWilcoxon rank sum testを用いた。抗菌薬投与の遅延に影響する変数を特定するために多変量ロジスティック回帰モデルを作成し、これに事前に指定した候補となりうる15変数を含めた。
・結果
654人の患者が組み入れられ、内訳は介入前297人、介入後357人であった。ED受診時点での感染の有無の判定についてのCohen's κは0.72であった。患者背景はコホート間で類似していた。抗菌薬遅延の割合は介入前後で改善し、CMSの定義では30%が21%に(-9%; 95%CI -16- -2%)、SSCG2018の定義では85%が71%に(-14%; 95%CI -20- 8%)となった。Secondary outcomeには有意な差はなかった。抗菌薬遅延に影響した変数としては、あいまいな症状、非緊急エリアへのトリアージ、SOFA scoreが低値、介入前にEDを受診していたことが挙げられた。

[ Implication ]
内的妥当性として、後ろ向きコホート研究であり、さらに前後比較の形をとっているため、未補正の交絡因子が存在する可能性がある。またアメリカの単施設での研究であること、重要な変数である「感染の有無」が主観的方法で評価され再現性に疑問があること、敗血症の定義としてSEP-1という会計コードを使用していて臨床的診断と異質である可能性があることから、外的妥当性においても課題がある。一方で実臨床において1時間バンドルの達成の困難さを示唆したことは重要である。またはっきりしない症状の患者や非緊急エリアでの診療において抗菌薬投与の遅延が起きやすい可能性、敗血症診療のスタッフへの啓蒙が診療の質改善に有効である可能性を示唆した点で日常診療の参考になるだろう。

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このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科