2021.05.07 抄読会

担当:栁 俊文先生/指導医 植田 健一先生
論文:Controlled comparison between betamethasone gel and lidocaine jelly applied over tracheal tube to reduce postoperative sore throat, cough, and hoarseness of voice
P. A. Sumathi, et al.
British Journal of Anaesthesia, 100(2): 215-18(2008)

背景
咽頭痛、咳嗽や嗄声などの気道症状は気管挿管の一般的な後遺症で、気道粘膜の炎症によるものだと考えられている。一部の研究では気道症状は全症例の約15%に発症すると示されている。
挿管時にリドカインスプレーの使用は術後の気道症状の発生率を高めるデータもあるが、潤滑剤として広く用いられているリドカインゼリーは気道粘膜を麻痺させてチューブへの反発を減らすが、有害事象について明らかになっていなかった上、抗炎症作用もないと考えられている。一方で、ステロイドは抗炎症作用を持つため、気管チューブにベタメタゾンのゼリーを塗布することで術後の気道症状を防ぐことが期待される。
1998年で発表されたベタメタゾンゼリーとプラセボの比較試験において一部の気道症状の有意な改善が見られた。それを踏まえて当研究は挿管時にベタメタゾンゼリーとリドカインゼリーの使用でそれぞれの術後の気道症状の発生率を比較した。

方法
当研究は前向きランダム化二重盲検比較対照試験で、18歳から50歳の、ASA-PS1または2の患者を対象に、ベタメタゾンゼリー使用群、リドカインゼリー使用群及び潤滑剤を使用しない対象群に割り付けて、術後1,6,12,24時間後に咽頭痛、咳嗽及び嗄声の程度をスコアリングし比較する試験である。

先行研究に基づき、各群に50人が必要と算出したため、口腔,咽頭の手術を受ける患者、気道確保の困難が予想される患者、手術時間が240分以上の患者、気管挿管を2回以上試みた患者、経鼻胃管や咽頭パックを使用する患者、上気道感染者を除き、合計150人が試験に参加した。患者の特徴に群間差が見られなかった。

気管チューブは女性の場合内径7.0mm、男性の場合内径8.0mmのものを使用し、ゼリーを塗布する場合は2.5mlのゼリーを先端より15cmまで均一に塗布した。麻酔の導入はモニターの装着、十分な静脈路確保、酸素投与を行った上で、ペチジンを0.75mg/kg、チオペンタールを5mg/kg、ベクロニウムを0.1mg/kg静注し、3分補助換気をした後に挿管した。挿管実施者は2年以上経験のある麻酔科研修医で、挿管後、ただちにリークがなくなるまでカフを膨らませた。術中は笑気66%、ハロタン0.5-1%(MAC=0.78%)、酸素を使用し、 またTOF 1-2を維持するように間欠的に筋弛緩薬を静注した。手術終了後、純酸素を投与し、残存した筋弛緩薬をアトロピン0.02mg/kgとネオスチグミン0.05mg/kgで拮抗し、TOF比≧70%かつ患者が完全に覚醒した状態で抜管された。口腔内の吸引は抜管直後のみ行った。

術後の評価は術後1時間、6時間、12時間、24時間に咽頭痛、咳嗽、嗄声の程度をゼリーの使用の有無を開示されていない麻酔科医が聴取し、0〜3の4段階評価をした。

統計解析はFisher's F-test、Tukey's T-testを使用し、カテゴリー評価はχ2検定を使用した。p<0.05を有意とした。

結果
ベタメタゾンゼリー使用群はリドカインゼリー使用群および対照群と比較して、術後24時間以内の咽頭痛、咳嗽、嗄声の発生率が有意に低かった(P<0.05)。一方で、リドカインゼリー群は対照群より咽頭痛の発生率が有意に低かったが、咳嗽と差製の発生率においては、術後6時間以降は有意差が出なかった。また、重症の咽頭痛(最高スコアの3点として評価)の人数においても、ベタメタゾンゼリー使用群は有意に少なかった。

結論
挿管時にベタメタゾンゼリーを気管チューブに塗ることで、術後の気道症状の発生率を抑えることができる。

議論
その後に発表されたメタアナリシスでは、ベタメタゾンゼリーを使用した場合術後24時間の咽頭痛の発生率は低下するが、重症化する比率は変わらなかった。当研究では比較的に若年層を対象にしているが、日本の場合は高齢者患者が圧倒的に多い。手術時間と気道症状の発生率との関連も想定できるため、両者の関係を検証する必要もある。さらに、術中デキサメタゾンを使用した場合、ベタメタゾンゼリーの使用はメリットあるかも気になるところではある。また、主任部長の小林先生のご指摘の通り、当研究では笑気を使用しているため、カフによる圧迫がより大きくなっている恐れが考えられるため、笑気があんまり登場しない現時点での麻酔プラクティスに当研究の結果を応用するにも、さらなる検証が必要と思われる。

栁先生、植田先生、ありがとうございました。

亀田総合病院 麻酔科 後期研修医 金

このサイトの監修者

亀田総合病院
麻酔科主任部長 小林 収

【専門分野】
麻酔、集中治療