2021.06.17 抄読会

担当:初期研修医一年目栗岡 辰典先生/指導医 柘植 雅嗣先生

まずは、急性期手術における、内皮グリコカリックスについて麻酔医が知っておくべきことについてのお話でした。

原題: Endothelial glycocalyx in acute care surgery - what anaesthesiologists need to know for clinical practice
内容:急性期手術における、内皮グリコカリックスについて麻酔医が知っておくべきこと

晶質液を輸液した際にボリュームの再分配などに血管内皮に存在するグリコカリックスという構造物が関係していることが知られている。従来のスターリングの法則では、毛細血管内と間質の膠質浸透圧を等しくした状態では、水の移動は静水圧の上昇に比例し、直線的に血管内から濾過流が上昇するはずですが、実際に測定してみると濾過流は予想を下回る結果となる。この矛盾を解消するためにグリコカリックスの存在が改めて確認された。グリコカリックスとは、血管内皮の内腔側を覆う多糖類や糖タンパクからなる層で、この層の直下の膠質浸透圧が間質の膠質浸透圧よりも低いため、血管内との膠質浸透圧の差が大きくなり、濾過流が減少すると考えられる。敗血症性ショック、虚血・再灌流(IR)症候群、酸化ストレス、大規模な外傷、外科的介入などの重篤な疾患ではこの層がダメージを受けやすくなり、毛細血管の漏れや間質性浮腫、免疫監視機能の喪失、多臓器不全などを引き起こすことがあるので、注意が必要。ただ、グリコカリックスの可視化は難しく、定量的な研究は困難です。相対的評価方法がありますが、臨床的適応は今後の課題である。

麻酔科においては、麻酔導入時の相対的volume不足や術中出血などによる絶対的volume不足の場合は、晶質液輸液のみではグリコカリックスの損傷を引き起こすこと考えられている。一方で、この場合で膠質液輸液、血液製剤などを入れるとグリコカリックスの損傷を防ぐ可能性ありとされている。

後半は、グリコカリックスに関する臨床研究を一つ紹介していただきました。

原題: Effects of different mean arterial pressure targets on plasma volume, ANP and glycocalyx--A randomized trial
内容: 異なる平均動脈圧が血漿量、ANP、グリコカリックスに与える影響について(ランダム化比較試験)

目的:麻酔導入後、平均動脈圧(MAP)をベースラインレベルに維持した場合と60mmHgで維持した場合の循環血漿量の変化を評価。

方法:冠動脈バイパス術を受けた40歳以上の患者24名を、ノルエピネフリンの滴定によりMAPを高くする介入群と低くする対照群に無作為に割り付けまして、各患者に麻酔導入の5分前に125I-アルブミン(50 kBq)を中心静脈に注射してから、麻酔導入の10分前、麻酔導入の0分後(直前)、10分後、30分後に動脈から採血し、血漿量を測定した。その他に、Mid Regional-pro Atrial Natriuretic Peptide(MR-proANP)、内皮グリコカリックス成分の変化を、ベースラインから麻酔導入後50分まで測定した。
結果:MAPは介入群で93±9mmHg、対照群で62±5mmHgであった。血漿量は対照群では420±180mL,介入群では45±130mLまで増加した(P < 0.001)。アルブミンと膠質浸透圧は対照群で有意に低下した。MR-proANPは対照群で増加したが、いずれの群でも内皮グリコカリックスの脱落は認められなかった。

結論:麻酔導入時に平均動脈圧を60mmHgまで低下させると、間質の水分が再吸収されて血漿量が増加するが、ANPによる内皮グリコカリックスの損傷は見られなかった。

議論:輸液の最適化のために、以前より目的思考型輸液療法という管理法が提唱されていて、患者の一回拍出量変化や心係数、平均動脈圧などの動的指標を用いて、輸液反応性を評価し、維持量のみの制限的晶質液投与と必要時の膠質液急速投与、昇圧剤投与などが中心となっている。またグリコカリックスの存在を意識した修正されたスターリングの法則を考慮した輸液管理も重要で、麻酔科においては、麻酔導入後の低血圧に対しては、血管収縮薬で対応し、出血時、血圧低下時の晶質液輸液の際、過剰投与を避け、血液製剤、アルブミン製剤を適切に使用することなど重要であると考えられる。

ただ、グリコカリックスの測定は難しく、臨床的意味はまだ確立されておらず、輸液した際にどこまで介入しているのかが疑問に残る。

今回の抄読会を通して、グリコカリックスのお話だけではなく、体内の血圧を維持する仕組みや、浮腫のメカニズムなどについても勉強になりました。

栗岡先生、柘植先生、ありがとうございました。

亀田総合病院 麻酔科 後期研修医 マイマイティリ イマム

このサイトの監修者

亀田総合病院
麻酔科主任部長 小林 収

【専門分野】
麻酔、集中治療