さて、これまで11回に渡って漢方の歴史や考え方をご紹介してきましたが、最後にちょっと怖い話もしなければなりません。あらゆる医療がそうであるように、漢方といえども副作用や過敏反応のリスクと無縁ではいられません。
「天然だから、安全」や「効果が穏やかで副作用がない」と思っている方もいらっしゃいますが、世の中にはピーナッツや蕎麦のアレルギーが命にかかわる方も います。基本的には安全性の高い漢方ですが、比較的稀ながら副作用はあります。前回ご紹介した芍薬甘草湯など、多量に摂り過ぎると身体がむくんで血圧が上 がったり、電解質が乱れて体に力が入らなくなったりすることがあります。原因となるのが「甘草」という生薬で、ほとんどの漢方薬に含まれています。専門の 医師の処方以外で長い間何種類もの漢方薬を同時に飲み続けるとリスクが上がります。
そもそも漢方薬は一つ一つが完成したレシピであり料理のようなもの。複数の漢方薬を組み合わせる相性はかなり難しいものです。それぞれが美味しい和食とフランス料理と中華料理を、同じ器で混ぜたらどうなるか?と考えてみればお分かりいただけるでしょう。

漢方薬の副作用や過敏反応は他にもいくつかあるので すが、ぜひ覚えておいていただきたい生薬が「黄芩(おうごん)」です。非常に稀(数万人に一人くらいの割合)ですが体質的に、肺や肝臓に命にも関わりかね ない異常が現れる方がいます。黄芩は誰でも買える市販の漢方薬にも含まれていることが珍しくなく、知らずに摂取されている方も多いと思いますので私は非常 に危惧しています。ご自分が飲まれる薬にこの生薬が入っていたら、妙な空咳・息切れ・異常なだるさ・原因不明の微熱などの症状が出てこないか注意して、変 だと思ったらただちに受診するようにしてください。
もちろんこういう体質の方はめったにおられませんし、異常が出ても早期に見つければすぐに改善するのですが、できればこのようなリスクのある薬はきちんと医師にかかって、注意深い観察のもとで使うのが安全だと思います。
さて、この「漢方のチカラ」シリーズも今回が最終回です。
人間というたくさんの細胞から成り立つ極めて複雑な生命体を完全に理解するには、我々の科学はまだまだ不十分です。漢方はいくつもの生薬を組み合わせたこ れまた極めて複雑な構成の薬を用いて、おそらく一つ一つは小さな薬理作用をたくさん同時多発的に作用させることで、超複雑な生命体「人間」を全体として都 合の良い方向に変化させていく治療術です。
2,000年も昔の医療体系ですから、なんでもできるわけではありませんし、残念ながらすべての患者さまを救えるわけでもありません。ただ、おそらく多くの方が思っておられるよりもずっと強力で、うまく使えばかなりの方に役立つことを日々実感しています。
ときどき患者さまから「西洋医学には命を救ってもらったけど、漢方には人生を救ってもらった」と言っていただくことがあります。そんな大げさな…といささ か恐縮してしまいますが、命に関わるわけでもないし、そこまでツラそうに見えない、例えば「なんとなく胃が重い」とか「胸が痞つかえる」であるとか、「な んだかいつもだるい」「すぐ風邪を引く」など、いうなれば「些細な症状」のために何年間も外出を控えて家に引きこもってしまったり、そんな症状でいつもツ ラそうだと家族も気を遣ってしまい、家の中がいつもお通夜のようだったなど、我々医療者からすると「この程度の症状でそんなに?!」と想像もつかないほど 患者さまの生活の質(QOL)が低下し、その影響が身近なご家族の生活までも暗いものにしていたりすることに驚くことがあります。
当科での治療で元気になられ「先生、ン十年ぶりに旅行に行ってきました!!」と嬉しそうに報告してくれる患者さまも、最初にいらした理由は「なんとなくだ るくて胃が重い」だけという、医学的には「些末な」理由でした。また、大したことはないけれど、いつもだるさやイライラが気になって何をする気にもならず 「自分の人生はもう終わりなのだ」と諦めていたという患者さまは、漢方治療でお元気になられるとボランティア活動を再開されるなど生き生きと日々を送られ るようになれたとのことです。
「こんなことで病院に行っても…。でもこれがなければもっと日々を快適に過ごせるのに」と悶々としておられる方、もしくは身近にそういう方がいらしたら、ぜひ漢方という選択肢があることを教えてあげていただきたいと思います。
