一酸化炭素(CO)は、微量では生体内において一酸化窒素と同様に有益な役割を果たしていますが、ある濃度を超えるCO暴露があると、頭痛、筋肉痛、めまい、精神・神経症状が発現し、さらに重度になると、錯乱、意識消失、死に至ります。CO中毒による死亡者数は年間2,000人前後であり、我が国の中毒死亡者の半数近くを占めます。
COは、カルボキシヘモグロビン(COHb)を形成しますが、ヘモグロビンとの親和性は酸素の200倍以上であるため、比較的低濃度でもCOHbが形成され、ヘモグロビンによる組織への酸素運搬能が低下します。動脈血の中に溶けている酸素(溶解型酸素)はごく僅かであるため、ヘモグロビンが役に立たなくなる分、組織に必要な酸素が足りなくなってしまいます。そのため血中COHbレベルを測定することにより、高濃度CO暴露による組織低酸素状態が把握できます。近年では、指先で簡易的に(経皮的に)測定できる装置が開発され、重症度予測や病院前救護の場におけるCO中毒患者の早期発見及び大量傷者発生時のトリアージにその有用性が期待されています。
大気圧下では動脈血に溶解している酸素は僅かなのですが、前回もお話ししましたが、高気圧環境になると酸素の溶解が増えて、3気圧にもなると純酸素吸入によりヘモグロビンを介さない溶解型酸素のみで組織の酸素需要を賄えるようになり、酸欠による組織の障害が改善されます。また、高気圧酸素は組織の中にあるCOの洗い出しにも有効であり、血中COHbが半分になる時間(半減期)は、通常空気であれば約300分かかるものが、2.5気圧の純酸素であればわずか25分足らずで達成されます。純酸素によるCOの洗い出しは大気圧でもみられ、半減期が約80分ということもあり、敢えて高気圧酸素治療をしなくてもよいのではと考えられる方もいるかもしれませんが、高気圧酸素治療が必須であることを以下にご説明します。
実は、急性CO中毒は、COHbが増えることによる組織低酸素だけが病態の主因ではなく、組織内に存在する高濃度のCOが直接細胞に働いて、免疫・炎症性メカニズムによる障害が問題であることが近年になり分かってきています。血中COHbレベルが臨床症状や予後(治療後の経過)と一致しない症例によく遭遇しますが、それは免疫・炎症性メカニズムが病態に深く関与するためなのです。これらの病態に対して、大気圧下での純酸素吸入では効果が不十分で、酸素の圧力に依存して高気圧酸素治療が有効であることが示されてきています。

急性CO中毒の続発症として、暴露後ある期間経過して、おおよそ1~2週間過ぎたあたりから数ヶ月後になりますが、記憶障害、失認や失行*などの精神・神経障害がでてくる遅発性脳症(間歇(かんけつ)型CO中毒)があります。この発症に対しては、急性期の血中COHbレベルによる予測は困難であり、しかも大気圧下の酸素投与だけでは押さえられないことが報告されています。ところが、急性期に高気圧酸素治療を行った場合には発症率を下げることが可能であり、積極的に治療を実施している施設ではとても成績が良いようです。
遅発性脳症の成因には免疫学的機序が指摘されており、高気圧酸素治療が免疫学的にも有効であることが動物実験で証明され、補助療法としてステロイドパルス療法も併用された症例では更に効果が期待できるとされています。
高気圧酸素治療はCO中毒に対する特異的な治療です。病態に対応した適切な治療プロトコールの検討により、高気圧酸素治療がCO中毒に対する強力な治療手段になります。
- 高次脳機能障害であり、視覚・聴覚・触覚を通じてそれが何であるかが分からない(失認)、運動障害がなく、行うべき動作がわかっていても行うことができない(失行)という症状をいいます。
【参考文献】
(注1) Weaver LK: Carbon monoxide poisoning. In Hyperbaric Oxygen Therapy Indications. 13ed. Weaver LK chair and editor. Undersea and Hyperbaric Medical Society, North Palm Beach, Best Publishing Company, 2014,93-123.
(注2) Hampson NB, Piantadosi CA, Thom SR, Weaver LK: Practice recommendations in the diagnosis, management, and prevention of carbon monoxide poisoning. Am J Respir Crit Care Med. 2012;186:1095-101.
(注3) Jain KK: Carbon monoxide and other tissue poisons. In Textbook of Hyperbaric Medicine. 5ed.,MA, Hogefe & Huber Publishers, 2009,111-134.
高気圧酸素治療外来のご案内
https://medical.kameda.com/clinic/medi_services/index_181.html救命救急科・高気圧酸素治療室 鈴木 信哉
