窪田先生が妊娠と喘息について発表
当科では毎週木曜日の朝、各医師が持ち回りで注目領域について抄読会形式のレクチャーを行っています。
先日、妊娠中の喘息患者さんの治療方針について科内で意見交換する機会があり、当科医長の窪田紀彦先生が「妊娠と喘息~治療をやめない勇気~」というタイトルで発表しました。
今回は、英国のBTS/NICE/SIGN合同喘息ガイドライン(2024年改訂版、Thorax誌2025年掲載)を踏まえて、妊娠中の喘息管理のポイントを整理していただきました。
1)妊娠による呼吸生理の変化と呼吸機能検査
妊娠初期から母体の酸素需要は増加し、プロゲステロンの作用もあって分時換気量が増加します。妊娠後期には子宮の増大により横隔膜が挙上し、機能的残気量(FRC)は低下します。
一方で、FEV₁やFVCといったスパイロメトリーの指標は大きくは変化しないとされており、妊娠中も基本的には妊娠前と同じ基準で評価してよいと考えられています。
実際に、妊婦を対象とした Powell らのMAP trial(Lancet 2011)や、Murphy らの Breathing for Life Trial(ERJ 2022)では、妊娠中に定期的なスパイロメトリーやFeNO測定を行いながら治療調整がなされており、「妊娠だから検査ができない」というよりは、客観的評価を積極的に活用しているのが印象的でした。
MAP trial では FeNO に基づく治療調整により増悪が約半減した一方、より大規模な Breathing for Life Trial では周産期アウトカムの改善は明らかではなく、FeNOは「使えれば一つの手段」くらいの位置づけと言えそうです。
2)妊娠が喘息に与える影響と増悪リスク
古典的には、妊娠中の喘息の経過は「1/3が増悪、1/3が不変、1/3が改善」と説明されてきました(Schatz M, JACI 1998)。
その後のコホート研究では、妊娠中に医療介入を要する喘息増悪を経験する妊婦は全体の約2割(およそ5人に1人)とする報告があり(Murphy VE, Thorax 2006)、必ずしも全員が悪化するわけではありませんが、一定の割合で増悪が起こること自体は変わりません。
さらに、Robijn らのシステマティックレビュー(ERR 2022)では、妊娠中の喘息増悪の危険因子として
- 重症喘息
- 肥満
- 高年妊娠
- 多胎妊娠
- 喫煙
- うつ病・不安障害
などが挙げられています。診察の際に、こうした背景因子を意識してフォロー頻度や介入のタイミングを調整することが重要です。
3)感染症と予防接種
Murphy らの前向き研究(Chest 2013)では、喘息を持つ妊婦は、喘息のない妊婦に比べて、感冒様症状や呼吸器ウイルス感染の頻度が高いことが示されています。妊娠中は免疫寛容に傾くこともあり、感染対策の重要性は通常以上です。
日本小児科学会 予防接種・感染症委員会(2025年10月公表)の資料では、妊婦への接種が推奨または考慮されるワクチンとして
- 百日咳含有ワクチン(DTaP など)
- RSウイルスワクチン
- インフルエンザワクチン
- SARS-CoV-2ワクチン
が挙げられており、母体の重症化予防に加えて、胎盤を介した移行抗体による児への保護効果も期待されます。
4)妊娠中の薬物療法:治療をやめない勇気
最新の GINA Strategy Report 2025 の「Pregnancy」の章でも、「喘息を積極的に治療することで得られる利益は、薬剤の潜在的なリスクを大きく上回る」と明記されており、妊娠を理由に ICS などのコントローラー治療を中止しないことが推奨されています。
Jones らの総説(Clin Med 2025)では、妊娠中の薬物療法は概ね次のように整理されています。
- SABA・ICS・LABA
妊娠中でも安全とされ、妊娠前から使用している ICS や ICS/LABA は原則として継続が推奨されます。吸入 β₂刺激薬については、「リトドリンと同じβ₂薬で子宮収縮に影響しないか」と不安に思われることがありますが、吸入薬は全身曝露が少なく、通常用量では臨床的に問題となる子宮弛緩作用はほとんどないと考えられています。 - LTRA(ロイコトリエン受容体拮抗薬)
モンテルカストなどについて、これまでの報告では重篤な奇形の増加は認められておらず、必要に応じて使用可能とされています。 - LAMA・トリプル吸入薬
妊娠中のデータはまだ限られていますが、現時点で奇形リスクの明らかな増加は示されておらず、重症例では有益性とリスクを個別に評価して使用を検討します。 - 生物学的製剤
オマリズマブについては数百例規模の前向きレジストリで大きな安全性シグナルは認められておらず、IL-5/IL-5R、IL-4/IL-13 抗体でも動物実験や限られた症例報告の範囲で有害事象の増加は報告されていません。重症喘息では「妊娠したから必ず中止」ではなく、母体・胎児双方のリスクを総合的に見て継続を検討すべき薬剤群です。
代表的な ICS であるブデソニド(パルミコート®)は妊娠中の安全性データが比較的豊富ですが、基本的な考え方は「コントロール不良の喘息による低酸素や増悪リスクの方が、薬剤の潜在的なリスクより大きい」という一点に尽きます。
さらに、妊娠中にICSを継続した喘息合併妊婦から出生した児では、ICSを使用しなかった場合と比べて乳児早期の肺機能低下がみられず、健常母体児と同程度であったことも報告されており、ICS継続の意義が示されています(Gomes G, Thorax 2025)。
また、GINA 2025 が推奨する MART(ICS/フォルモテロールを維持および必要時に用いるレジメン)については、妊娠中だから特別なレジメンに変えるというより、通常の成人喘息管理の延長線上で位置づけられています。MARTについては、当科部長代理の永井先生の記事もご覧ください:
https://www.kameda.com/depts/pulmonary_medicine/entry/04658.html
5)増悪時の対応と分娩時のポイント
妊娠中は、増悪時に「薬が胎児に悪いのでは」と治療が控えめになりがちですが、母体の低酸素や重症増悪の方が周産期アウトカムに与える影響は大きく、非妊娠時以上に積極的な治療が必要です。
- 妊娠では軽度低炭酸ガス血症が生理的な状態であるため、PaCO₂が「正常」〜高値であれば、むしろ換気不全のサインとして注意が必要です。
- 増悪時には、SABA反復吸入、酸素投与、全身ステロイドなど、成人と同様の治療をためらわず実施します。プレドニゾロンは胎盤通過が比較的少ないとされ、全身ステロイドの中では妊娠中に用いやすい薬剤です。
分娩時にはあらかじめ分娩計画を共有し、疼痛が喘息増悪の誘因になり得ることを踏まえて、硬膜外麻酔による十分な鎮痛を検討します。
また、分娩の3週間以上前から PSL 5 mg/日以上を内服している場合には、分娩時のヒドロコルチゾン 50 mg 追加投与を検討します。
Take home message
窪田先生からは、「妊娠中でも、治療をやめない勇気を」というメッセージを強調され、
妊娠中だからこそ、
- いつも以上に増悪を避けること、
- ICS を中心としたコントローラー治療を継続すること、
- 感染症予防とワクチン接種を適切に行うこと、
が、母児双方を守るうえで重要であることを改めて共有できた勉強会でした。
* 注意
亀田総合病院、呼吸器内科で行っている勉強会の概要を示したものです。実際の診断・治療の判断は主治医が,患者様にリスクベネフィットを十分に説明した上で,責任を持って行って下さい。
参考文献(一部追加)
1.National Institute for Health and Care Excellence (NICE); British Thoracic Society; Scottish Intercollegiate Guidelines Network. Asthma: diagnosis, monitoring and chronic asthma management (BTS, NICE, SIGN) [Internet]. London: NICE; 2024 Nov 27 [cited 2025 Nov 16]. Available from: https://www.nice.org.uk/guidance/ng245
2.British Thoracic Society; National Institute for Health and Care Excellence; Scottish Intercollegiate Guidelines Network. BTS/NICE/SIGN joint guideline on asthma: diagnosis, monitoring and chronic asthma management (November 2024) – summary of recommendations. Thorax. 2025 Jun 16;80(7):416-424.
3.Powell H, et al. Management of asthma in pregnancy guided by measurement of fraction of exhaled nitric oxide: a double-blind, randomised controlled trial. Lancet. 2011 Sep 10;378(9795):983-90.
4.Murphy VE, et al. Effect of asthma management with exhaled nitric oxide versus usual care on perinatal outcomes. Eur Respir J. 2022 Nov 17;60(5):2200298.
5.Murphy VE, et al. Asthma exacerbations during pregnancy: incidence and association with adverse pregnancy outcomes. Thorax. 2006;61(2):169–176.
6.Murphy VE, et al. A prospective study of respiratory viral infection in pregnant women with and without asthma. Chest. 2013;144(2):420–427.
7.Jones CE, et al. Management of asthma in pregnancy. Clin Med (Lond). 2025 Jan;25(1):100277.
8.Schatz M. Special considerations for the pregnant woman and senior citizen with airway disease. J Allergy Clin Immunol. 1998 Feb;101(2 Pt 2):S373-8.
9.Robijn AL, et al. Risk factors for asthma exacerbations during pregnancy: a systematic review and meta-analysis. Eur Respir Rev. 2022 Jun 14;31(164):220039.
10.Gomes G, et al. Association between maternal asthma and impaired infant lung function is diminished by inhaled corticosteroid use in pregnancy. Thorax. 2025 Nov 9:thorax-2025-223539.