亀田総合病院 呼吸器内科

久慈先生が気管支拡張症について勉強会で発表

勉強会レポート

当科では毎週木曜日の朝、各医師が持ち回りで注目領域について抄読会形式のレクチャーを行っています。
今回は、重症の気管支拡張症患者さんを担当した久慈先生が、「気管支拡張症」をテーマに、病態から最新の治療まで幅広く解説してくれました。

 

気管支拡張症とは?なぜ今あらためて注目されているのか

気管支拡張症は、慢性的な気道炎症と感染を背景に、気道壁の平滑筋や軟骨といった支持組織が破壊され、気道が不可逆的に拡張した状態を指します。咳・喀痰・繰り返す増悪(急性増悪)が典型的な症状です。

日本では、びまん性汎細気管支炎に対するエリスロマイシン少量長期療法の成功もあり、「マクロライドでコントロール可能な疾患」というイメージが先行し、気管支拡張症そのものへの関心はやや薄れていた時期もありました。

しかし近年、

  • 高分解能CTHRCT)の普及による診断機会の増加
  • 高齢化に伴う非結核性抗酸菌症(NTM)、COPD の増加
  • レジストリ研究や国際ガイドラインの整備

などを背景に、嚢胞性線維症を除いた「非嚢胞性線維症性気管支拡張症(non-cystic fibrosis bronchiectasisNCFB)」が、COPD・喘息・間質性肺疾患に並ぶ独立した慢性呼吸器疾患として、世界的に注目されるようになっています。

また、毎年71日は「World Bronchiectasis Day(世界気管支拡張症の日)」として国際的な啓発活動が行われており、日本呼吸器学会も参加しています。

 

診断:HRCTで何をみるか

NCFBの診断には、臨床症状(咳・痰・増悪の既往のうち少なくとも2つ)+HRCTでの気管支拡張所見が必要とされています。

画像診断の一つの目安として、

  • 気管支径/隣接肺動脈径(B/A比)≧1.5

がよく用いられますが、

  • 年齢・性別により正常のB/A比は変動すること
  • 末梢気道では内径計測が難しく、気管支内壁の偏移も評価を難しくすること

などもあり、「B/A比だけに頼らず、枝の収束の仕方や末梢でのテーパリング消失、気道壁肥厚など、全体像で判断することの重要性」が強調されました。

 

まずは原因検索:何が隠れているか

久慈先生は、Respirology誌の系統的レビューをもとに、成人気管支拡張症の原因頻度を紹介しました。

世界全体では、

  • 特発性 約44.8
  • 感染後 約29.9
  • 免疫不全 約5
  • COPD 約4
  • 結合組織病 約4
  • 線毛機能不全症 約2.5
  • アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA) 約23

とされ、地域差も大きいことが示されています。

日本からの報告としては、Kadowaki らの単施設コホート(Respiratory Investigation 2015)が紹介されました。松江医療圏のデータでは、特発性・感染後に加え、NTM症や副鼻腔気管支症候群が重要な原因であることが示されており、アジア地域では特発性の割合が高いことも議論されました。

問診では、

  • 幼少期の重症肺炎・百日咳などの既往
  • 慢性副鼻腔炎や慢性中耳炎
  • 結合組織病、免疫不全、アレルギー性疾患の有無

などを丁寧に聴取し、原因疾患を特定することで治療の選択肢が広がることが繰り返し強調されました。

 

病態:好中球炎症と「感染の悪循環」

非嚢胞性線維症性気管支拡張症の病態では、好中球優位の気道炎症と細菌感染の悪循環が中心にあります。

気道に細菌が定着すると好中球が集積し、好中球エラスターゼなどのプロテアーゼが放出され、気道壁の組織障害が進行します。その結果、気道クリアランスがさらに障害され、粘稠な痰が貯留し、感染が慢性化する――という悪循環が形成されます。

この領域については、日本語総説「気管支拡張症の診断・病態と新たな治療戦略」や成書『気管支拡張症 Up to Date』で、好中球エラスターゼとDPP-1dipeptidyl peptidase-1)の関与がわかりやすく整理されており、今回の勉強会でも参照されました。

 

緑膿菌定着の意味とフォローアップ

「緑膿菌が生えてきたらどう考えるか?」は、日常診療でも悩ましい論点です。

Finch らのメタアナリシスでは、Pseudomonas aeruginosa の慢性感染は、入院・増悪・死亡リスクの増加と明確に関連しており、治療ターゲットとしての重要性が示されています。

英国胸部疾患学会(BTS)ガイドラインでは、

  • 新たな緑膿菌定着を早期に検出するため、
    • 軽症:少なくとも年1
    • 中等症〜重症:6か月ごと
      の定期的な喀痰培養を推奨しています。

初回分離時の「排除(eradication)治療」についてはエビデンスが限定的で、欧州呼吸器学会(ERS)ガイドラインでも条件付き推奨にとどまっています。一方で、自然に培養陰性化する症例も一定数存在することが報告されており、「すべての症例で必ず侵襲的な排除治療を行うべきか?」という点は、今なお議論が続いていることが紹介されました。

日本では、トブラマイシン(吸入)やアミカシンなど一部薬剤に限って適応があり、非嚢胞性線維症性気管支拡張症への保険適応は十分ではないことから、海外ガイドラインをそのまま適用するのではなく、日本の薬剤事情・NTMの高頻度といった背景を踏まえた運用が必要です。

 

重症度評価:BSIFACED

増悪リスクや予後評価には、

  • Bronchiectasis Severity IndexBSI
  • FACED score

といったスコアリングが用いられます。

BSIは入院歴や増悪回数、FEV₁BMI、微生物学的所見など、多項目を組み合わせた予後予測スコアであり、FACEDはよりシンプルな5項目(FEV₁, Age, Chronic Pseudomonas, radiologic Extension, Dyspnoea)から構成されています。

今回の勉強会では、

  • 死亡予測にはFACEDがやや優れる可能性がある一方で、
  • 日常診療で「増悪リスクの層別化」を行うにはBSIも有用であること、
  • いずれのスコアも「治療介入のきっかけ」として活用しうる

といった点がディスカッションされました。

 

ガイドラインが示す治療戦略とマクロライド長期投与

ERS 2017ガイドラインおよびBTS 2019ガイドラインでは、非嚢胞性線維症性気管支拡張症の治療として、

  • 全例での気道クリアランス(呼吸理学療法)
  • 運動耐容能が低下した患者への呼吸リハビリテーション
  • 高リスク群(頻回増悪例・慢性Pseudomonas感染例)への
    • 長期マクロライド療法
    • 長期吸入抗菌薬療法

が推奨されています。

一方で、軽症例や増悪歴の乏しい症例に対する無差別なマクロライド処方は推奨されておらず、特にNTM症が多い日本では慎重な姿勢が求められます。日本呼吸器学会「気管支拡張症に対するマクロライド系抗菌薬の適正使用のお願い」では、急性増悪の既往があり他の治療で十分な管理が困難な症例に適応を絞ること、および不必要な長期使用を避けるため定期的に治療効果と安全性を評価することが推奨されています。また、本邦での非結核性抗酸菌症増加やマクロライド耐性菌の問題を踏まえ、安易なクラリスロマイシン/アジスロマイシン使用に対して注意喚起がなされています。

フロアからは、欧州レジストリ(EMBARC)のデータなどを踏まえ、

  • 症状が強く、BSIなどで増悪リスクが高い患者では、
    「年3回以上の増悪」を待たずにマクロライド導入を検討すべきケースもある
  • ただし、「痰が多いからとりあえずマクロライド」という使い方は避けるべき

といった意見が出されました。

 

新規治療:DPP-1阻害薬 brensocatib への期待
DPP-1阻害薬 brensocatib は、骨髄内で好中球エラスターゼなどのセリンプロテアーゼを活性化する酵素 DPP-1 を阻害することで、末梢血好中球内のエラスターゼ活性を抑制し、気道炎症と増悪を減らすことを目指した新規薬剤です。
II 相試験(WILLOW 試験)では、プラセボと比較して増悪までの期間延長や年換算増悪率の低下が示され、続く第 III 相試験(ASPEN 試験, Chalmers , N Engl J Med 2025)でも詳細な検討結果が報告されました。日本ではまだ実臨床で使用できませんが、今後の治療選択肢として期待される薬剤の一つです。
詳細については、中島主任部長による解説記事もぜひご参照ください。
https://www.kameda.com/depts/kei_nakashima/entry/04135.html

 

まとめ:原因検索と増悪リスク評価を踏まえた「全身の診かた」を

今回の勉強会を通じて、

  • 気管支拡張症は「画像所見」だけでなく、原因疾患・病態・増悪リスクを総合的に評価すべき慢性呼吸器疾患であること
  • NTM症や免疫不全、結合組織病など、基礎疾患の診断が治療方針を大きく変えること
  • 緑膿菌定着や頻回増悪例では、マクロライドや吸入抗菌薬・新規抗炎症薬など、多様な治療オプションを組み合わせる必要があること

が整理されました。

「世界気管支拡張症の日」をきっかけに、日本でも気管支拡張症への関心が高まりつつあります。当科でも、日々の診療に加え、臨床研究や治験への参加を通じて、気管支拡張症診療の質の向上に今後も貢献していきたいと考えています。

 

参考文献(勉強会で紹介された主な文献 ※一部追加)
1.Polverino E, Goeminne PC, McDonnell MJ, et al. European Respiratory Society guidelines for the management of adult bronchiectasis. Eur Respir J. 2017;50(3):1700629.

2.Hill AT, Sullivan AL, Chalmers JD, et al. British Thoracic Society Guideline for bronchiectasis in adults. Thorax. 2019;74(Suppl 1):1–69.

3.Gao YH, Guan WJ, Liu SX, et al. Aetiology of bronchiectasis in adults: A systematic literature review. Respirology. 2016;21(8):1376–1383.

4.Kadowaki T, Yano S, Wakabayashi K, et al. Characteristics of bronchiectasis in Japan: A single-center retrospective study. Respir Investig. 2015;53(4):192–199.

5.Finch S, McDonnell MJ, Abo-Leyah H, et al. A comprehensive analysis of the impact of Pseudomonas aeruginosa colonization on prognosis in bronchiectasis. Ann Am Thorac Soc. 2015;12(11):1602–1611.

6.Chalmers JD, Haworth CS, Metersky ML, et al. Phase 2 Trial of the DPP-1 inhibitor Brensocatib in Bronchiectasis (WILLOW). N Engl J Med. 2020;383(22):2127–2137.

7.Chalmers JD, Burgel PR, Daley CL, et al. ASPEN Investigators. Phase 3 Trial of the DPP-1 Inhibitor Brensocatib in Bronchiectasis. N Engl J Med. 2025 Apr 24;392(16):1569–1581.

8.朝倉 崇徳, 森本 耕三, 松本 久子, 長谷川 直樹. 気管支拡張症の診断・病態と新たな治療戦略. 日本内科学会雑誌. 2024;113(7):1305–1311.

9.森本耕三 ほか編. 『気管支拡張症 Up to Date. 医学書院; 2021.

10.McDonnell MJ, Aliberti S, Goeminne PC, et al. Multidimensional severity assessment in bronchiectasis: the Bronchiectasis Severity Index. Am J Respir Crit Care Med. 2014;189(5):576–585.

11.Martínez-García MA, de Gracia J, Vendrell Relat M, et al. Multidimensional approach to non-cystic fibrosis bronchiectasis: the FACED score. Eur Respir J. 2014;43(5):1357–1367.

12.世界気管支拡張症の日~World Bronchiectasis Day, 1 July 2022. 一般社団法人日本呼吸器学会.