出雲先生をお招きし、Change COPD Meetingを開催いたしました。
2025年11月5日(木)、日本赤十字社医療センター 病院長補佐・呼吸器内科部長の出雲雄大先生をお招きし、Change COPD Meeting をハイブリッド形式で開催いたしました。当日は中島主任部長が座長を務め、出雲先生より「“つまらない”はもう古い?-AIが導く、肺癌・ILDに続く第3の柱COPD個別化治療―」と題したご講演をいただきました。
COPDの疫学と診断の現状
まず、COPD(慢性閉塞性肺疾患)の定義について、「COPD診断と治療のためのガイドライン第6版」をもとに整理されました。COPDは世界の死因の第4位を占め、2021年には約350万人がCOPDで死亡し、全死亡の約5%を占めるとされています。低・中所得国では喫煙だけが原因ではないことも紹介されました。私たちも、先日当院を訪問されたケニアの先生方とのディスカッションを通じて、家庭内の調理時の煙曝露などが重要なリスクとなることを学びました(長崎大学熱研ケニア拠点・ケニアッタ国立病院の皆様の当院訪問の様子はこちらhttps://www.kameda.com/depts/pulmonary_medicine/entry/04648.html)。
本邦でもCOPDは有病率の高い疾患であり、日本人40歳以上の約8.6%(推定患者数約530万人)がCOPDの基準に該当するとの報告(Fukuchi Y, Respirology 2004)が示されました。一方で、2017年厚生労働省患者調査などから推計される受診率は、喘息では約13.4%であるのに対し、COPDでは約2.5%にとどまるとされ、診断・受診のギャップの大きさが強調されました。
診断においては、「気管支拡張薬吸入後のスパイロメトリーでFEV1/FVC<0.70」という定義がある一方で、コロナ禍以降、肺機能検査室の負担やサルタノールのコストといった現実的な問題もあり、全例で十分な肺機能検査が行えていない現状も共有されました。その中で、自施設の経験としてCOPD-Q、COPD-PS、CATといった問診票の活用が進んだこと、スパイロが設置されていないクリニックも多いことから、問診票による拾い上げの重要性が示されました。
あわせて、日本呼吸器学会の進行中プロジェクトである「木洩れ日 COMORE-By2032」についても触れられ、COPD診療の質向上と啓発に関する今後の展望が紹介されました。
COPDは「肺の病気」で終わらない:全身疾患としての理解
COPDは心血管疾患、骨粗鬆症・骨折、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群、肺癌など多数の併存疾患を伴う「全身疾患」であることが改めて強調されました。肺組織での炎症と低酸素を背景に全身性炎症が惹起され、その先に動脈硬化やさまざまな臓器障害が生じるメカニズムについて、Barnes PJ, ERJ 2009 を引用しつつ整理されました。
心血管疾患のなかでも特に重要なものとして、虚血性心疾患、心不全、不整脈(特に心房細動)、末梢動脈疾患が挙げられました。全身性炎症による動脈硬化促進と、低酸素に伴う心負荷の増大が主なメカニズムとされ、特に「増悪時には心筋梗塞や心不全のリスクが急増する」点が臨床的に重要なメッセージとして提示されました。
骨粗鬆症や睡眠時無呼吸症候群、肺癌についても、COPD患者では併存頻度が高いことから、日常診療での系統的なスクリーニング・評価の必要性が指摘されました。肺癌については、「有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン2025年版」に基づき、喫煙量に応じた胸部X線・低線量CT検査の組み合わせと頻度、禁煙指導を含む具体的なスクリーニング戦略が示されました。
治療戦略:吸入療法、多職種連携、周術期管理
治療の実際として、まず「息切れを楽にすることが前向きな治療への第一歩である」として、長時間作用性気管支拡張薬(LAMA/LABA)吸入の重要性が強調されました。合併肺癌患者におけるCOPD管理では、LAMA/LABAに加え、増悪歴や末梢血好酸球数などを踏まえたICS追加の位置づけについて、エビデンスと実臨床の両面から解説されました。
LAMA/LABA/ICS三剤とLAMA/LABA二剤の比較試験(Eur J Cardiothorac Surg 2011)では、周術期を意識した肺機能改善効果も示されており、当院でのビレーズトリ導入例として、投与1ヶ月後に6分間歩行距離(6MWT)、CAT、FEV1が改善し、その後に肺癌手術が安全に施行できた自施設データも紹介されました。ビレーズトリの臨床試験データも概説いただき、増悪歴や好酸球数に応じた早期介入の重要性が議論されました。
ICSに関連した嗄声については、日本喘息学会ガイドラインを引用しつつ、「うがいを3〜5回以上きちんと行えているか」を必ず確認すべきポイントとして強調されました。
吸入デバイスの使い分けについては、吸気流速低下が予想される75歳以上の高齢者ではpMDI製剤を、非高齢者では1日1回投与可能なDPI製剤を基本とするなど、実践的な戦略が提示されました。また、禁煙指導の際に「タバコの代わりに吸入薬を吸う」というメッセージや、「1日1回がよいか、2回がよいか」といった患者目線での選択肢提示が、アドヒアランス向上に有用であるとのコメントもありました。
呼吸リハビリテーションと栄養療法
COPD管理では薬物療法に加え、多職種連携による包括的アプローチの重要性が強調されました。呼吸リハビリテーションでは、有酸素運動、呼吸筋トレーニング、レジスタンストレーニングを組み合わせた介入により、運動耐容能や症状だけでなく予後改善も期待できることが示されました。
栄養療法については、「呼吸ケア食」や Rahaghi F, Clin Med Insight Circ Respir Pulm Med 2021 の知見を踏まえ、栄養状態の維持・改善だけでなく、「食事中の呼吸困難をいかに軽減するか」という視点が重要であると解説されました。例えば、冷製パスタや冷製スープなど、冷たい食事の方が満腹感が少なく摂取しやすい可能性があることが、『呼吸器疾患患者のためのセルフマネジメント支援マニュアル』の内容として紹介されました。
AIがもたらすCOPD・ILD診療のアップデート
講演後半では、AIを活用した肺機能評価・画像解析の最新トピックスが取り上げられました。ILD診断における肺機能検査の評価をAIで支援する試み(Gompelmann D, Thorax 2025)や、胸部X線画像から肺機能を約90%の精度で推定可能とする報告(Yoshida A, Front Med 2024)などが紹介され、AIの導入により新たな価値を持ちうることが示されました。
また、現在のAIを「壁打ち相手」として活用することの有用性、将来的なAGI・ASIとの関係性を「未来との会話」というキーワードで俯瞰され、肺癌・ILDに続く「第3の柱」としてのCOPD診療にAIがどのように貢献し得るかについて、示唆に富むメッセージをいただきました。
出雲先生からのメインメッセージ
出雲先生からは、最後に以下のポイントが強調されました。
・COPDは「肺の病気」にとどまらず、全身性炎症を背景とした全身性疾患であり、包括的な管理が求められること
・特に心血管疾患、骨粗鬆症、肺癌を中心とした併存疾患管理の重要性
・増悪の連鎖をいかに早期に断ち切るかが予後改善の鍵であること
・AIは、診療を支える「最高のパートナー」となり得ること
・肺癌・ILDに続く「第3の柱」として、COPD個別化治療を確立していく必要があること
質疑応答
質疑応答では、
・COPD患者さんの治療意欲を高めるためのコミュニケーション
・ICS追加を考慮する具体的条件(末梢血好酸球数300/μL以上、増悪歴など)
・リハビリ開始のタイミング(増悪入院時や一秒量低下時を一つの契機とする)
といった実臨床で悩みやすいポイントについて、活発なディスカッションが行われました。患者さん・家族を巻き込んだチーム医療の重要性についても、具体的な工夫とともにご示唆をいただきました。
今回の講演を通じて、COPDの疫学・病態から診断、治療、AIを活用した将来展望まで、COPD診療の「深み」を改めて実感する機会となりました。ご多忙のなか鴨川までお越しくださった出雲先生に、改めて深く御礼申し上げます。ぜひまた来年もご講演を賜れれば幸いです。
また、会場およびオンラインでご参加いただいた先生方にも心より感謝申し上げます。本講演会が、皆さまの日々のCOPD診療に少しでもお役立ていただければ幸いです。