ヒトは何故助平になったか2

 俗に、「ミコスリハン」なる言葉があるが、ペニスへの物理的刺激は、そのままでは、すぐに、仙髄の射精反射を呼び起こしてしまう。性衝動をInitiateした大脳新皮質は、今度は、反射弓の抑制に回らなければならない。「畳の目を数える」は、興奮した大脳新皮質を抑制する方法としてあまりに有名である。但し、必ずしも成功するとは限らないが。

 むしろ性衝動を大脳新皮質から後で述べる大脳古皮質に転化することが重要であると、筆者は考えるが・・ これは、鋭角的な性衝動から、「愛情」「思いやり」「心地良さ」への転化で表現されよう。

 一方、薔薇の花束、甘い言葉、美味しい食事でようやく発火した女性の大脳古皮質は、今度は身体的心地よさを求める。これが男性から女性への愛撫行動として必要となる。身体皮膚からの入力情報は脊髄、視床を通り、大脳新皮質でその局在や身体区分的な情報として処理されるが、同時に視床で有害情報であるか、甘美な情報であるかの区分がなされ、大脳辺縁系への投影が行われる。乳首への愛撫は、視床下部からのオキシトシン分泌を促進し、このホルモンは、乳首の勃起を促し、子宮を収縮させる。当然、成熟卵が存在すれば、卵巣からの放出が促進される。妊娠の準備は整った。女性の性衝動から、性交準備にはかくも複雑な、身体的ないろいろな反射を用いた準備が必要となる。かたや、勃起を完了したペニスは、ミコスリハンで射精完了となるのにである。

 男性側の射精反射は一度開始されるともうどんな意志力をもってしても中止することはできない。この反射中枢はヒトでは脊髄下端の仙髄にある。この反射に大脳新皮質は直接的影響を受けない。他人事である。男性の射精反射には大脳皮質は直接的に関与しないが、feedbackによって性衝動の非活性化が発現する。不応期としていわゆる解き放たれた状態となる。この非活性化には個体差があるらしく、充分に行われない個体では引き続いての性衝動が継続する。プラトニックラブを唱えた某が新婚初夜に24回の性交を行った伝説的記録も存在するが、彼の大脳新皮質は、非活性化されず、言い替えれば、満足と言うものを知らない同情すべき機構としか考えられないのだが・・それでも、少しは羨ましいか。

 さて、最後は、女性のエクスタシーについてであるが、「死ぬ」「イク」は女性のその時の言葉として、ごく普通のものであるらしい。英語では「カミング」と言うらしい。かつて、ある脳神経外科の病院で、エクスタシーで気を失ってしまう女性を、癲癇と区別できず、脳血管造影など、ありとあらゆる検査をしてしまったと言う話を聞いたことがある。

 女性のエクスタシーは、大脳の内でも古皮質を介する反射であると言えよう。もちろん、脊髄を反射中枢とする反射が起こり、肛門括約筋や会陰部を構成する筋群に男性の射精に似た収縮活動があるにはあるが、男性のように、脊髄で起こっていることに対して、大脳が知らん顔をしている類のものではなさそうである。

 大脳新皮質には、こうしたパニック状態は起こらない。喜怒哀楽を主に司る大脳古皮質が、その許容量を越したとき、表情は、泣いているのか、笑っているのか分ら無い状態となる。まさに、女性のエクスタシーの表情である。クリムト以外の古来の画家がこれに挑戦しなかったのは不思議である。

 さらに大脳古皮質はその許容量を越す情報処理を無理強いした場合、しばしば気絶と言うパニック状態が観察される。大脳辺縁系は、意識覚醒に重要な脳幹網様体との連絡も密である。エクスタシーで燃え尽きた大脳辺縁系は脳幹網様体に対して抑制的な信号を送る。覚醒の抑制である。まさに、フランス語で言う「小さな死」が訪れる。

 このように、性衝動における一連の反射では、その中枢の関与で男性と女性に大きな差が存在することが考えられよう。

 女性の性衝動を受身だと言っているのではない。最近では、AIDS問題から、わが国ではピルの解禁は先へ伸びそうである。しかし、ピルにより望まざる妊娠の危険から開放された欧米の女性の性衝動は男性のそれにとても似てきたと言える。いや、それ以上か。抑制的に働いていた大脳新皮質がその抑制から開放されたとき、シーズンを失ったヒトの性衝動は留まるところを知らない。

 今日は眠たいのだヨ・・

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療