第4回KINDセミナー:講義2「急性下痢症」質疑応答

KINDセミナーでの「急性下痢症」の質疑応答です。

●問診
Q1.旅行者下痢症は、概ね帰国後何日くらいまで可能性を考えるか
A1旅行者下痢症は、発展途上国に渡航中、または帰国後10日以内に発症する下痢症と定義されています。その多くは3〜4日で自然軽快しますが、1週間以上症状が持続する患者が8〜15%、1ヶ月以上は2%程度存在します。原因の多くはenterotoxigenic Escherichia coli (ETEC) です。
 Clin Infect Dis. 2002 Mar 1;34(5):628-33. Epub 2002 Jan 16.

Q2旅行帰りの診療は、FORTHを使いながら行っているが、他のツールはあるか?
A2一般に公開されているサイトとしては、厚生労働省検疫のFORTH、国立感染症研究所の感染症情報センター、英語サイトではCDC(Centers for Disease Control and Prevention)のtravelers' health、Fit for travelなどが利用できます。

Q3スライドに示された「消化管感染症以外の旅行者下痢症の頻度」は、ETEC・Shigella等を抜いた場合の頻度か?
※旅行者下痢症のスライド
消化管感染症以外の感染症も下痢症状を起こし得る。
       熱帯熱マラリア 5〜38%
         デング熱   37%
       レプトスピラ症  58%

A3この数字は、Emil C Reisingerらがまとめた、Diarrhea caused by primarily non-gastrointestinal infectionsというレビューに記載されていた、各疾患での下痢の割合です。Nat Clin Pract Gastroenterol Hepatol. 2005 May;2(5):216-22.

Q4他臓器感染症(尿路感染症など)の一症状としての下痢の特徴はあるか
A4他臓器感染症の一症状の下痢であれば、下痢以外の症状があるので、どの臓器に炎症があるのか、その病歴と所見をつかむことが必要です。

Q5虚血性腸炎と血便を呈する細菌性腸炎の鑑別はどのように行うか
A5鑑別はまず患者背景と病歴が重要です。背景のリスク因子として、虚血性腸炎は動脈硬化性変化のある患者層に生じます。繰り返すこともしばしばあります。一方、細菌性腸炎は食事歴、海外渡航歴、免疫不全などから想起します。虚血性腸炎は病変が下行結腸の割合が高いため、左下腹部痛を呈して同部位に圧痛があることが多いです。

Q6なぜチャーハンやカレーなどは再加熱がリスクとなるのか?
A6チャーハン等、冷やご飯を使用した時は、Bacillus cereusがリスクとなります。また、カレーやシチューの再加熱は、Clostridium perfringens(ウェルシュ菌)がリスクとなります。B. cereusの場合、それが混入した穀物(米)の炊飯の過程で死滅せず残存した菌体が、米飯の冷める時に発芽して増殖し「毒素」を産生します。その「毒素」入りの米飯を使用することで食中毒を起こします。厳密には再加熱自体がリスクではないので、「冷やごはん」でも食中毒が起こります。「毒素」が耐熱性のため、温めても食中毒が生じてしまいます。
一方、ウェルシュ菌は耐熱性の芽胞を持ち、100度でも死滅しません。最初の加熱調理により、共存細菌の多くは死滅しますが、熱抵抗性の高いこれらの細菌は残存します。それらが冷やされると、菌は純培養され再増殖します。この作業の繰り返しにより、これらの菌を摂取するリスクが高くなります。横浜市のweb siteに良く記載されてますので、"横浜市 ウェルシュ菌"で検索してみて下さい。

Q7腸瘻を行っている場合、GFOや消化態などの経腸栄養による下痢と感染による下痢は区別することが困難になるか
A7その場合は、食事接種歴からは一般的な細菌性腸炎のリスクがむしろ低いと思われるので、感染を想起した場合は、施設内の流行の確認と、CD検査を行うことになると思います。細胞性免疫不全があれば、CMVは鑑別となります。経腸栄養の濃度や内容、投与速度を変えるなど、経腸栄養側の要素の調整も鑑別に有用です。繰り返しになりますが、下痢の原因の鑑別には、病歴が重要です。

●検査
Q8S. aureusやB. cereusなどの毒素産生菌による腸炎の同定方法はあるか
A8原因と考えられる食品や、患者の吐物・下痢検体から遺伝子検査で同定することは可能です。集団食中毒が疑われる場合は、公衆衛生業務として、保健所が主体となって行われることがあります。

Q9院内に細菌検査室がない病院で働いているが、下痢便をすぐに培地に接種できない場合、冷所に保存して外注検査に提出している。その対応で良いか。
A9輸送する場合、便検体はキャリー・ブレア培地に接種し、冷蔵保存してください。検体の提出に関しては、IDSA/ASM Guide to Utilization of the Microbiology Laboratory に詳細が記載されていますので、参照してください。
Baron EJ, Miller JM, Weinstein MP, et al. A guide to utilization of the microbiology laboratory for diagnosis of infectious diseases: 2013 recommendations by the Infectious Diseases Society of America (IDSA) and the American Society for Microbiology (ASM). Clin Infect Dis 2013; 57:e22-121.

●治療
Q10ERで、腹痛が強く、ぐったりした状態の患者が来た際に、vital signも異常なく、下痢も重症と言える場合でもない時に、指導医に「点滴だけで帰して良い」と言われる時がある。帰す時に、自分では大丈夫か、と不安になることがあるが、どうすれば良いか
A10vital signが正常、下痢も重症ではない状況にも関わらず、なぜ腹痛が強くてぐったりしているのか、というところが重要かと思います。診断がウイルス性腸炎なのであれば、その対応で良いと思いますが、下痢の割に腹痛が強い場合は、むしろ他の腹腔内疾患(穿孔やイレウス、等)を想起すべきかもしれません。
背景疾患、病歴、身体所見から、ウイルス性腸炎と言って良いか、に立ち戻って、そこに矛盾があるのであれば、それを詰める検査をすべきかと思います。少なくとも、不安なので抗菌薬を投与してから帰す、というプラクティスは不適当で、まず診断を見つめなおす作業をしてください。

Q11細菌性腸炎の入院患者は絶食にしないのか
A11下痢の管理では、下痢の間に失われた水、電解質、栄養素の補充が不可欠とされています。下痢の間でも、腸の刷子縁を通じてのNa-Glucourseの共輸送は損なわれないため、経口での補水が可能とされていることから、WHOは軽症から中等症の腸炎における補水療法の第一選択としてORS(Oral Rehydration Solution )を推奨しています。 一方、重度の脱水、ショック、意識変容、ORSが飲めない場合、イレウスがある場合には、乳酸リンゲル液や生理食塩水などの等張性の点滴を投与すべきです。

Q12感染性腸炎疑いで来る患者は夏場に多く見られるが、その際に、点滴だけでは不安でとても帰れそうにない場合に、抗菌薬を出すかどうか悩ましい症例が多い。腸炎の重症度判定(腹痛は軽度〜中等度、発熱・下痢・脱水)の3点のみを認める場合に抗菌薬を投与するのか。
A12重症度は抗菌薬を開始する際の大事な指標であることは間違いありません。しかし、その前提となるのは、病歴と診察所見から、それが「細菌性腸炎」である、という評価です。多くの、日本において季節性に流行する急性下痢症はウイルス性である、という大前提があります。細菌性を示唆する食事歴、渡航歴、背景疾患、周囲の流行状況などを把握し、かつ炎症のフォーカスが腸だと認識できれば、重症患者には経験的治療として推奨されている抗菌薬を投与すべきです。逆に、そうでなければ、抗菌薬投与は不要です。

Q13旅行者下痢症でアジスロマイシンの用法、用量は
A13アジスロマイシンは、下記です。
成人 500mg1日1回 3日間
小児 10mg/kg/day 3日間

Q14アジスロマイシンでも下痢が出るが、良い方法はないか
A14抗菌薬による治療の有益性が、副作用などのリスクを上回った時に抗菌薬を処方します。アジスロマイシンによる下痢の方が問題になるような状況であれば、処方しないことがむしろ良いかもしれません。処方する場合は、患者に抗菌薬自体でも下痢が出うることを説明します。

Q15昔から感染性腸炎には経口ホスミシンを使用していたが、意味はないのか
A15「感染性腸炎」に「ホスホマイシン」という一対一対応に意味はないと考えられます。「感染性腸炎」の多くはそもそも抗菌薬が不要です。
「細菌性腸炎」に絞ったとしても、ホスホマイシンが第一選択とされているものはありません。大阪府堺市のEHECのアウトブレイクの際に、ホスホマイシンによる治療のretrospective studyがいくつか出ましたが、世界標準としては、EHECだと判明すれば、抗菌薬は使用しないことが推奨されています。

Q16内服抗菌薬治療で、CPFX、LVFX、AZMの使い分けはどのように行うか
A16ニューキノロンに関しては、LVFXはrespiratory quinoloneとされ、肺炎球菌もカバーしたい時に使用しますので、腸炎ではシプロフロキサシンを優先するので良いかと思います。ニューキノロンかアジスロマイシンかに関しては、特に東南アジアからの渡航者では、キノロン耐性 Campylobacterを考慮しなければならないため、アジスロマイシンを使用します。他、妊婦ではアジスロマイシンの方が使用しやすいです。あとは、他の併用薬との相互作用がないかによって決定します。

Q17普段血液疾患の患者を診ている。FNの患者で下痢をしている場合は、化学療法、CDIなどを考えて検査、治療をすることが多いが、細菌性下痢を疑ってAZMを使用する状況や注意点はあるか
A17病歴上、明らかにCampylobacterを想起することがなければ、指摘いただいた状況下でAZMを使用することありません。FN患者の下痢は、多くの場合は薬剤、CDIの可能性が高いと思います。腹痛などで好中球減少性腸炎を疑う場合は、腸管粘膜の破綻から侵入する腸管内の微生物を想定します。

Q18外来での転機の決め方は?(外来でフォローするか、入院するか)
A18一般的には、重症化のリスクがある(小児、高齢者、免疫不全者)、高度の脱水、vital signの変動がある、症状が強い(腹痛が強い、経口摂取が不可能など)が入院適応として考えられると思います。細菌性腸炎が疑われるのみでは、必ずしも入院しません。

●その他
・CDI
Q19CD toxinが一度検出されると、以降もずっと検出されてしまうが、臨床症状と合わせて判断すれば良いか。
A19CDIを治療しても50%は6週間後もトキシン陽性となるため、繰り返しのCD検査は行わないことが推奨されています。CDIの治癒は臨床症状で判断してください。
詳しくは当科web site:https://www.kameda.com/pr/infectious_disease/post_61.html
もご参照ください。

Q20入院中のCDIで、投与期間を決めても、下痢が改善しないことがあるが、抗菌薬はいつまで投与すべきか。
A20下記のCDI治療の大原則に則ります。
・不要な抗菌薬は中止、CDI以外の下痢の原因を評価
・基本的には、治療期間は10日間
・10 日の時点で下痢が治癒していなければ、14 日間まで延長を検討
・MNZで5-7 日以内に症状改善しなければ、VCM経口に変更検討
 Clin Infect Dis 2018;66(7):e1-e48 (IDSA/SHEA の CDI 診療ガイドライン)

Q21精神科入院中で、全く抗菌薬使用歴はない症例で、数日前から水様下痢があり、CD検査をしたところ抗原陽性、トキシン陰性だった。発熱や腹痛なく、整腸剤で様子を見ているが、抗菌薬曝露がないにも関わらずなぜ CD抗原が陽性となったのか。
A21
Clostridioies difficileは腸管細菌叢の一部として常在することがあります。市中での無症状保菌者はおよそ2%、医療曝露があると26%までの報告があります。Toxin非産生株であれば下痢を起こしませんので、この症例はCDIではないですが、CDを保菌している状態であるため、CD抗原が陽性になったと考えられます。

Q22CDIにおいて、便培養を提出する意義はあるか
A22CDIを考えるような、抗菌薬曝露のある入院3日以上している患者では、一般細菌の便培養は不要です。また、便培養による CD 培養検査は、特殊な培地を用いて特殊な方法で嫌気培養します。感度は 95-100%と高い検査ですが、手間と時間(培養まで 2-3 日)がかかるため、通常は行いません。見逃しは少ないですが、toxin 非産生株まで検出してしまうため、特異度が低い事と、煩雑である事が欠点です。

Q23CDIにおいて薬剤耐性の頻度はどの程度あるか
A23一般的に、Clostridioides difficileは多くの薬剤に耐性です。それが故に、抗菌薬曝露後の選択圧によりClostridioides difficileがCDIを引き起こすとされています。一方で、メトロニダゾール、バンコマイシンには感受性があることから、CDIの治療にメトロニダゾールとバンコマイシンが治療治療に用いられます。
最新の2018年のIDSAガイドラインでは、CDIの治療の第一選択がメトロニダゾールからバンコマイシンに変更になりましたが、これは耐性の増加というよりも、 欧米における強毒株(BI/NAP1/027 株)の増加が問題となったことに起因します。日本ではこれによるアウトブレイクの報告はまだなく、またメトロニダゾールに対する耐性株の報告もないため、CDIの軽症〜中等症の患者の第一選択はいまだメトロニダゾールと考えられます。

・感染管理
Q24給食員で下痢の場合はER対応をしているが、特に保健所の介入など社会的なものがなければ便培養は必須ではないのか。また、休職基準はあるか
A24
・便培養について
医学的には、病歴がウイルス性らしければ、便培養は必須ではありません。病歴から「細菌性らしい」ときに便培養を提出します。
一方で、ここには社会的な要素もはらんできます。食品取扱者は
・ 食品等事業者が実施すべき管理運営基準に関する指針
・大量調理施設衛生管理マニュアル
により、検便を受けるよう定められています。
食品等事業者が実施すべき管理運営基準に関する指針によると、食品取扱者が 感染症の患者 又は 無症状 病原体保有者であることが判明した場合は、食品に直接接触する作業に従事させないこと、と定められています。また、大量調理施設衛生管理マニュアルでは調理従事者等は臨時職員も含め、定期的な健康診断及び月に1回以上の検便を 受けること。とされており、それには「腸管出血性大腸菌の検査を含めること。 また、「必要に応じ10月から3月にはノロウイルスの検査を含めること」とされています。
・就業制限について
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)」=「感染症予防法」によると、一類感染症の患者及び二類感染症、三類感染症又は新型インフルエンザ等感染症の患者又は無症状病原体保有者は、感染症を公衆にまん延させるおそれがある業務に、そのおそれがなくなるまでの期間として感染症ごとに厚生労働省令で定める期間従事してはならない、とされています。
「感染症を公衆に蔓延させるおそれがある業務」は食品を直接扱う業務で、食品を直接扱わない、例えばレジ打ちなどの業務は制限されません。「感染のおそれがなくなるまで」というのは、症状のある「患者」の場合は2〜3回の便培養陰性、「無症状病原体保有者」の場合は1〜3回の便培陽陰性とされます。
なお、非チフス性サルモネラは三類感染症でないため、感染症予防法によって就業が制限されることはありません。

CDI(Clostridium difficile infection)

このサイトの監修者

亀田総合病院
臨床検査科部長、感染症内科部長、地域感染症疫学・予防センター長  細川 直登

【専門分野】
総合内科:内科全般、感染症全般、熱のでる病気、微生物が原因になっておこる病気
感染症内科:微生物が原因となっておこる病気 渡航医学
臨床検査科:臨床検査学、臨床検査室のマネジメント
研修医教育