第4回KINDセミナー:講義7「HIV診療の基礎」質疑応答

HIV診療の基礎(伴浩和)のQ&Aです。

Q1. ウイルス量が抑制されていれば、HIVの感染という面だけで見れば、safer sexしなくても良いという指導にまでつなげて良いのでしょうか?
A1. 講義で紹介させていただいたHPNT052(RCT)やPARTNER、PARTNER2(観察研究)の結果からは、HIVウイルスがしっかり抑制されていれば2次感染を起こすことは殆ど無いだろうということが科学的に証明されました (研究結果からはウイルスが抑制されている患者からの新規感染は実質0)。この結果をもって国連合同エイズ計画(UNAIDS)は"U(Undetectable)=U(Untransmittable)"(HIVが検出感度以下まで抑制されれば感染しない)というメッセージを発信している事は講義でお話しした通りです。日本国内でも、最近HIV陽性者が内定を取り消されたということが話題になったように、HIVに対する偏見が強く残っているのが実情です。"U=U"のメッセージはこのようなHIV感染症に対する意識や偏見の改善が狙いで、safer saxは必要ないというメッセージではありません。更に実際は何らかの理由でHIVウイルス量が抑制されていない状態になる可能性があったり、HIV以外の性感染症の予防が必要であるため、safer sexは同時に推奨していく必要があると考えられています。参考までに少し古くなってきておりますが米国の現行のガイドラインも同様の推奨となっております。
(参考文献・図書・リンク)
https://stacks.cdc.gov/view/cdc/44064
https://www.unaids.org/en/resources/presscentre/featurestories/2018/july/undetectable-untransmittable

Q2. なぜoral/anal sexでHIV riskが高いのでしょうか?また、MSMに対してはコンドーム使用以外に予防策の提案は行われているのでしょうか?
A2. 暴露に対するリスクの高さにはいくつかの理由があります。感染源の体液などに含まれるウイルス量や感染する側の組織構成の違いがリスクに関係しているようです。例えば膣の粘膜に比べて直腸の粘膜は層が薄く傷がつきやすいことが言われております。さらに、MSMコミュニティーでは性交渉の回数が一般的に多いことや多数のパートナーと性的関係を持つことが多いことも新規HIV感染患者の増加につながっているようです。コンドーム以外の予防策についてですが、性行為の型やHIV感染のリスクが上がりやすいその他の性感染症感染時の性行為を避けること、性器、肛門、口腔内に外傷がある状態での性行為を避けること、dental dam(口腔−陰茎のバリア)などありますが、近年取り入れられたものにPrEPがあります。これはHIVに感染していないパートナーがTDF/FTCを予防的に内服することでHIV感染を防ぐ方法です。HIV感染しているパートナーのHIVウイルス量が抑制されるまで(通常は抑制されてから6ヶ月)や不特定多数のパートナーがいる場合に有用(予防率は90%以上)ですが、日本ではまだこの概念は浸透しておらず一般的では無いかもしれません。もちろん保険は聞きませんので費用も問題です。(1錠3756.3円)。現在、国立国際医療研究センターのセクシュアルヘルス外来にてPrEP研究を行っているようです。日本国内においてもこのプラクティスが認知され薬価が下げられればHIV流行の歯止めにはとても有効な戦略だと思います。
(参考文献・図書・リンク)
・HIV診療の「リアル」を伝授します(丸善出版)
https://www.uptodate.com/contents/hiv-infection-risk-factors-and-prevention-strategies?sectionName=Treatment%20as%20prevention&search=PrEP&topicRef=15810&anchor=H525607733&source=see_link&fbclid=IwAR0vS1fZB5rmQCi1-YmAC4rtOh4u1YXwOtKtDsrQUGNxfxVKwcpyUabuRoI#H525605851
http://shclinic.ncgm.go.jp/prep_research.html

Q3. 1.海外ではHIVの薬剤耐性が10%との報告があるようですが、ルーチンに薬剤耐性検査を行うべきでしょうか?2.術後絶食になるようなHIV患者においては耐性検査を行うべきでしょうか?3.例えば1つのNRTIに耐性が出た時の交差耐性はどのように考えるべきでしょうか?
A3. 1.たくさんの耐性に関する質問をありがとうございます。HIVは非常に耐性を取りやすいウイルスであるという認識はとても重要で、新規のHIV感染患者ではルーチンで耐性検査を行うこととなっております。講義資料のおまけ1をご参照ください。2.また、絶食時の考え方ですが一度に全てのARTを中止すべきですが、NNRTIsはほかのクラスのARTに比べて半減期が長く、またpoint mutationにより完全耐性となってしまうために注意が必要です。例えば、コムプレラ(TDF/FTC/RPV)を中止する場合、TDFの半減期は17時間、FTCは約10時間、RPVは45-50時間であるため、数日間実質的にはRPVモノセラピーとなってしまいNNRTI耐性の高リスクとなってしまいます。専門家によって3-7日程度バックボーンNRTIを継続する場合や中止の1週間前から半減期が比較的短く耐性の取られにくいPIへの変更を行う場合があります。これらの方法に関する臨床研究は私の知る限りありませんのでどちらが良いという推奨はありませんが私が米国で働いていた時には数日間NRTI(TDF/FTC)を継続していました。3.最後にNRTIの耐性と交差耐性についてですが、HIVの耐性に対する考え方は複雑で耐性が疑われる患者はHIV感染症の専門家への紹介を強く推奨いたします。あくまで知識としての共有となりますが、一般的にバックボーンとして使われるNRTIに3TCとFTCがあります。M184V/Iという変異を起こし>100倍ほどの耐性を取ると言われていますが、viral fitnessの減少やAZT、TDF、d4Tに対する感受性の増加(hypersusceptibility)というメリットもあるため状況によっては継続使用される場合もあります。3TCとFTCはほぼ似たような薬剤になりますので交差耐性となります。他にはTDF使用中ではK65Rの耐性が出てくることがあります。この場合はABC、3TC、ddIとAZTを除くほぼ全てのNRTIに耐性となりますが、viral fitnessの減少とAZTへのhypersusceptibilityが見られます。最後にABCやddIの使用によるL74V変異がありますが、この時もviral fitnessの減少とAZTへのhypersusceptibilityが見られます。
(参考文献・図書・リンク)
https://www.uptodate.com/contents/overview-of-antiretroviral-agents-used-to-treat-hiv?search=ART&source=search_result&selectedTitle=2~150&usage_type=default&display_rank=2&fbclid=IwAR0DzugVRNXjM_nlgM_uK9-KMwpk58CxXS8i5tEzT9iuPegYH38gaS7yJ8Q#H3604592045
・HIV ESSENTIALS 2017 Paul E. Sax (JONES&BARTLETT LEARNING)

Q4. HIVに対する生涯治療は非常に「お金」がかかると聞きました。世界各国(特に途上国)でも同様の治療がなされているのでしょうか?
A4. 抗HIV薬は一度開始すると一生内服を継続しなければならずその医療費は月20万円近くかかることもあります。現在日本では保険診療に加えて、月毎の高額医療費制度、自立支援医療制度、生涯基礎年金などの経済的支援を得ることができます。発展途上国では世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)と米国政府による「大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)」などからの国際的な資金援助により成り立っていますが、先進国で利用されているような新しい抗HIV薬(例、インテグラーゼ阻害薬など)は高価であるため利用することができません。2019年のDHHSのガイドラインではキードラッグの第一選択薬はインテグラーゼ阻害薬となっていますが、2016年のWHOのガイドラインではキードラッグの第一選択薬はインテグラーゼ阻害薬ではなくより安価なNNRTIとなっています。
(参考文献・図書・リンク)
https://aidsinfo.nih.gov/contentfiles/lvguidelines/adultandadolescentgl.pdf
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/208825/9789241549684_eng.pdf

Q5. HIV治療薬でよく使うBackboneの意味を教えて下さい。
A5. 2016年のWHOのガイドラインでは"バックボーンレジメは通常使用する3つの抗HIV薬のうちの2つのNRTIを意味する。"とあります。また2019年の抗HIV治療ガイドラインでは"抗HIV薬の中でHIVを抑制する効果がより強力な薬剤を「キードラッグ」、キードラッグを補足しウイルス抑制効果を高める役割をもつ薬剤を「バックボーン」と呼ぶが、それぞれの分類に関して明確な定義はない。現在はバックボーンをNRTI2剤とし、キードラッグを1剤とする組み合わせが一般的である。"と記載されている。
(参考文献・図書・リンク)
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/208825/9789241549684_eng.pdf
https://www.haart-support.jp/guideline.htm

Q6. 18歳男性のIMの症例でもHIVとの合併ということもありうるのでしょうか?ope前のチェックなどでとったHIV抗体がたまたま陽性でもウェスタンブロットなどで精査した方が良いのでしょうか?
A6. 確率で考えれば、伝染性単核球症様症状の患者さんでEBVの急性感染パターンであった時に同時に急性HIV感染症を合併している可能性は低いと思いますが、そのこととは別にHIV感染症のリスクがあれば他のSTIのスクリーニングとともにHIV抗原・抗体検査は行うと思います。Ope前のHIVチェックの話は少しややこしいですので順を追って説明をさせていただきます。HIV感染のリスクが特にない場合は、現在の日本ではオプトアウトのHIV検査は推奨されておらず、CDCからはHIV感染症の有病率が0.1%を越える時に推奨されております。これは、有病率が低い患者群でスクリーニング検査を行ったとしても偽陽性となる可能性が高いからです。2016年厚生労働省の研究班の推計ではHIV感染者数は28300人を上回るとされていました。そしてその年の日本の人口が127000000人。HIVの有病率は約0.022%と推計できます。この患者群で急性HIV感染症を疑って第4世代HIV抗原・抗体検査を行い陽性だった場合の検査後確率は僅か2.5%しかありません。ですので、日本におけるHIVルーチンの検査は弊害が多いというのが実情です。以上のことからope前検査でHIV検査を行う場合、特にHIV感染症のリスクがなければ検査前確率は低くなるため、例えHIV抗原/抗体検査が陽性となったとしても偽陽性である可能性の方が高くなりますので、WBとHIV NATによる確認検査で偽陰性を確認、更に2週間後に再検査をする必要があります。また状況からHIV-2感染症(通常は西アフリカ)の可能性がある場合にはHIV-2 NATやWBを検査する必要があります。

Q7. 急性HIV感染症を疑う時に、「HIV抗原/抗体とRNAをチェック」とのことですが、RNAチェックのみ、もしくは発症1ヶ月後に抗原/抗体よりおすすめな方法な理由は何でしょうか?第4世代抗原/抗体は、感染後2週から陽性とのことですが、臨床症状発症からは何週後などありますか?発熱だけの急性HIVも珍しくないでしょうか?
A7. HIV抗原/抗体検査の利点はHIV-1のみならず、(日本でHIV-2感染症は非常に稀ですが)HIV-2抗体も検知することが出来ます。逆にHIV NATは通常HIV-1RNAを測定しているのでHIV-2を引っ掛けることは出来ません。また、"HIV controllers"と呼ばれる患者はHIV VLが検出感度以下となっていることがあり、HIV抗原/抗体検査では陽性となるもののHIV NATは陰性となってしまいます。またHIV NATの検査自体も偽陽性や偽陰性となる事はあるため注意が必要です。発症1ヶ月後に再検査ということも考えても良いのかもしれませんが、新患外来を訪れる患者さんは一見さんとなることも多く、1度の外来診察で必要な検査を提出して診断を詰めておく方が良い場合があります。発症から第4世代抗原/抗体陽性までの時間ですが、急性HIV感染症の症状が出現するのが一般にHIVウイルス量が急激に上昇している時ですので、理論的にはそれから5-10日程度で陽性となるはずです。急性HIV感染症の症状は非特異的ですので、発熱以外の症状に乏しいということもあるかもしれません。また、無症候期に倦怠感や微熱を認める事はあり、明らかな原因がなくてHIV感染症のリスクがある場合はスクリーニグ検査を検討する事は妥当だと思います。
(参考文献・図書・リンク)
・ HIV ESSENTIALS 2017 Paul E. Sax (JONES&BARTLETT LEARNING)
・ HIV診療の「リアル」を伝授します(丸善出版)

Q8. 院内で針刺しした時の対応について。前の病院では患者のHIV検査をして陰性なら針刺しした医師はそのまま何もフォローされていなかったですが、採血フォローはした方が良いのでしょうか?
Q8. 針刺し事故後の対応は各病院毎にフローが決められておくべきであり、原則はそのフローに従うこととなっているはずです。参考までにCDCは針刺し事故後の対応として、曝露源がHIV抗原/抗体検査が陰性で臨床的にAIDSやHIV感染症の症状がない場合には、HIVに対する追加の検査は不要である、としています。尚、講義の検査で説明しましたが、HIV抗原/抗体検査は急性HIV感染症早期(暴露後2週間以内)である場合には偽陰性となる可能性があるため、その場合にはHIV NAT検査を行っても良いかもしれません。先のCDCの推奨では無症候性の急性HIV感染症の"window period"である可能性はextremely smallであるとしてHIV NAT検査の言及はありません。
(参考文献・図書・リンク)
https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/rr5011a1.htm


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このサイトの監修者

亀田総合病院
臨床検査科部長、感染症科部長、地域感染症疫学・予防センター長  細川 直登

【専門分野】
総合内科:内科全般、感染症全般、熱のでる病気、微生物が原因になっておこる病気
感染症科:微生物が原因となっておこる病気 渡航医学
臨床検査科:臨床検査学、臨床検査室のマネジメント
研修医教育