Balanced crystalloidは生理食塩水と比較して重症患者の予後を変えるか?

2021年9月8日 集中治療科、麻酔科、救急科 3科合同ジャーナルクラブ

上記3科は特に重症患者を引き継ぐことが多く、連携が求められています。そこで、重症患者における輸液療法を扱った論文を合同で学びました。3科で議論した内容をいくつかImplicationで紹介させていただきます。

邦題 Balanced crystalloidは生理食塩水と比較して重症患者の予後を変えるか?
Effect of Intravenous Fluid Treatment With a Balanced Solution vs 0.9% Saline Solution on Mortality in Critically Ill Patients The BaSICS Randomized Clinical Trial
JAMA. 2021;326(9):830-838. doi:10.1001/jama.2021.11444

論文の要約
背景:重症患者において静脈内輸液は必須であり、生理食塩水が長く使用されてきた。
しかし、近年いくつかの観察研究と2つの単施設オープンラベルクラスターランダム化比較試験で、生理食塩水と比較して、より血漿組成に近いbalanced crystalloidが重症患者の予後を改善させる結果が発表された。そこで、本研究は大規模にこの効果を検証した。
方法: 本研究はブラジルの75施設の集中治療室(ICU)に入室した患者を対象にして生理食塩水またはbalanced crystalloidであるPlasma-lyteを用いた輸液、および333 mL/hまたは999 mL/hの点滴速度に割り付ける、2x2 Factorialデザインによる2重盲検ブロックランダム化比較試験である。対象はICU入室し、少なくとも1回以上の輸液負荷を行い、組入後24時間以上滞在することが見込まれたものとし、外見が統一されたバックに入った0.9%生理食塩水を使用する対象群とPlasma-lyteを使用する介入群に、1対1の割合で無作為に割り付けた。主要評価項目は、90日生存割合とし、副次評価項目は90日までに腎代替療法が行われた割合、第3、7病日での急性腎傷害(KDIGO stage2or3)の発生割合とした。サンプルサイズは対照群の90日死亡割合を35%、治療効果をハザード比0.9、α0.05、β89%として11000人とした。主要評価項目の解析は混合効果Cox比例ハザードモデルを使用し、参加施設をランダム効果とし、年齢、ベースラインSOFAスコア、入院の種類で調整した。欠損データに対しては多重代入法が使用された。腎代替療法に対しては混合ポアソンモデルを使用し、年齢、ベースラインSOFAスコア、入院の種類で調整した。また、死亡を競合リスクとして考慮した競合モデルを用いた結果も報告した。
結果:ランダム化された11052人のうち、10520人が解析された。平均年齢は61.1才、女性は44.2%、48.4%が予定された術後患者であった。初日の輸液量は両群とも中央値1.5 Lであった。主要評価項目である90日死亡割合はPlasma-lyte群で26.4%、生理食塩液群で27.2%であった(調整ハザード比0.97、95%CI 0.90-1.05、P=0.47)で差はみられなかった。副次評価項目の腎代替療法や急性腎傷害に差はみられなかった。

Implication
生理食塩水はクロライド濃度154mEq/Lと血漿の100mEq/L と比べて高く、高クロール性代謝性アシドーシスや腎血管収縮による腎傷害、前炎症性物質を惹起するなどの報告がある。そこで、より血漿成分に近いbalanced crystalloid(乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、Plasma-lyteなど)に注目が集まっている。本研究で使用されたPlasma-lyteは特にナトリウム濃度が140mEq/Lと血漿に一番近く、理想的な輸液と考えられ、欧米でマーケットが拡大している。値段は他の製剤に比べ高価である。日本ではまだ承認されていない。これまで生理食塩水と上記balanced crystalloidを比較した3つの非盲検化クラスターランダム化試験(2015年にSPLITtrial、2018年にはSMARTtrial、SALT-EMtrial)が発表された。生理食塩水の使用は小さいながら腎傷害のリスクとなる報告があったが、いづれも一貫した結果は得られていない。本研究は大規模かつ盲検化された人対人のパラレル比較での検証であったが、90日死亡や腎代替療法、腎傷害に関わる差はみられなかった。
本研究はデザイン自体欠点が少なく、内的妥当性は高いが、サンプルサイズ設計での死亡割合と実際のそれとでは10%の開きがあり、効果量もHR0.9と楽観的に設定されており、偶然誤差が懸念される。本研究の死亡率は他の先進国で行われた研究での死亡率と比較して高く、ブラジルでの医療水準が他の先進国と大きく異なる可能性があり、潜在的な交絡や交互作用が影響している可能性がある。輸液量に関しては初日での平均が1.5L、3日までの合計輸液量が2.9L程度と少なく、血中クロライド濃度も差が小さい。また、割付前の輸液には制限がなく、68%の患者で割付前に1L以上の輸液が行われ、両群間でコンタミネーションがあり差がつきにくかった可能性がある。盲検化試験であり、治療医が大量輸液を必要とする患者を除外するなどの可能性も考えられ選択バイアスも懸念される。本研究は欧米でマーケットを拡大している高額なPlasma-lyteをブラジルに導入するかの試金石となる研究であるため、サンプルサイズで設定した効果量もその導入に見合うだけの効果量が設定された可能性がある。以上から外的妥当性に大きな問題がある。サブグループ解析では頭部外傷患者で90日死亡は生理食塩水のほうが低かったが、多重比較や偶然誤差の問題があり今後の検証が期待される。
現代の集中治療のレベルにおいて輸液療法のみで死亡などのハードアウトカムを変えることはおそらく不可能であると多くの医師は考えている。今後は腎傷害などのソフトアウトカムやサロゲートアウトカムにおいて重症でより大量輸液を要する患者での検証に期待したい。
これまでの研究・本研究をあわせてもどの輸液が一番よいという結論はだせない。よって現時点における輸液製剤の選択は、各医師が各輸液製剤の各患者に対する潜在的利益や不利益・値段を考慮し選択していくことになるだろう。

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文責:南 三郎


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このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科