ARDSに対するデキサメタゾン治療:多施設ランダム化比較試験

Journal Title
Dexamethasone treatment for the acute respiratory distress syndrome: a multicentre, randomised controlled trial
Lancet Respir Med. 2020 Mar;8(3):267-276.
DOI: 10.1016/S2213-2600(19)30417-5.

論文の要約
<背景>
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)とは炎症性サイトカインにより肺毛細血管の透過性が亢進して肺水腫をきたした病態である。ARDSの患者に対する特定の薬理学的治療は証明されていない。一方でステロイドには抗炎症作用や抗線維化作用がある。ARDSによる肺および全身の炎症を減少させるステロイドについて、これまで強い関心が示されてきた。しかしステロイドの中でも強力な抗炎症作用、長い効果発現時間のあるデキサメタゾンについて、ARDSにおける有効性を調べられたランダム化比較試験はない。本研究ではARDSにおける人工呼吸期間と死亡率の減少をもたらす可能性のあるデキサメタゾンの影響を評価した。
<方法>
スペインの教育病院ネットワークの17のICUで中等度から重度のARDS(発症後24時間でPEEP 10cmH2O以上もしくはFiO2 0.5以上の状態でPaO2/FiO2が200以下と定義)に対してオープンラベル多施設ランダム化比較試験を行った。妊婦や授乳婦、脳死、末期疾患、またはステロイドや免疫抑制薬の投与を受けている患者などは除外された。適格患者は封筒法を使用してデキサメタゾン群か対照群にランダム化割り当てがなされた。両群の患者は事前に決められた基準に沿って集中治療が施され、その他鎮静、筋弛緩薬、腹臥位、リクルートメントなどは臨床医の判断に任せられた。デキサメタゾン群の患者は、それらに加えて1日目から5日目まで1日1回20 mg、6日目から10日目まで1日1回10 mgのデキサメタゾン静脈内投与を受けた。Primary outcomeは28日時点での人工呼吸器離脱日数とし、無作為化の日から28日目までの生存日数と人工呼吸器のない日数として定義した。28日経過前に死亡した場合は0と記録した。Secondary outcomeは無作為化60日後の全死亡率とした。すべての分析はITT解析で行われた。
<結果>
2013年3月28日から2018年12月31日までの間に277人の患者を登録し、139人の患者をデキサメタゾン群に、138人を対照群にランダムに割り当てた。計画されたサンプルサイズの88%(277/314)を登録した後の登録率が低かったため、試験はデータ安全監視委員会によって中止された。患者背景は男女比や重症度など含めて両群で有意な違いはなかった。人工呼吸器離脱日数は、デキサメタゾン群が12.3日、対照群が7.5日と対照群よりもデキサメタゾン群で長かった(群間差4.8日[95%CI 2.57 ~ 7.03]; p <0.0001)。60日死亡率は、デキサメタゾン群が21%、対照群が36%と対照群よりもデキサメタゾン群で低かった(グループ間差 -15.3%[-25.9 ~ -4.9]; p = 0.0047)。有害事象の割合は、ICUでの高血糖症(デキサメタゾン群76% vsコントロール群70%; p = 0.33)、ICUでの新規感染症(デキサメタゾン群24% vsコントロール群25%; p = 0.75)、および圧外傷(デキサメタゾン群10% vsコントロール群7%; p = 0.41)といずれもデキサメタゾン群と対照群の間で有意差はなかった。

Implication
本研究は一ヶ国ではあるが、多施設のICUを舞台としたランダム化比較試験であることや、ARDSに対する治療が実臨床に即している点は内的外的ともに妥当性を高めている。一方でデキサメタゾンの投与という盲検化した研究デザインを組めるにも関わらず、明確な理由なくオープンラベルで行っていることは情報バイアスが懸念され、計画されたサンプルサイズへ到達する前に試験が中止された明確な基準や説明もなされていないことは治療効果が過剰に報告されている可能性が考えられる。さらにステロイドの治療効果を調べる研究であるにも関わらず、適格患者の約1/4がランダム化前に初療医の判断でステロイドを投与され、分析から除外されており、選択バイアスが懸念される。実際に適格患者の27%しか登録できておらず、ARDSの患者の多くに一般化することができない。
以上から、本研究結果をもって、ARDSに対するデキサメタゾンのルーチン使用を推奨するまでには至らないと考える。しかしながら、現時点で十分なエビデンスがある特定の薬理学的治療のないARDSに対して、RCTならびにITT解析という交絡因子が少ない手法を用いた研究でステロイドの有効性を示したことは意義が大きい。今後の追試やsystematic reviewに期待したい。

post235.jpg


Tag:

このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科