脳梗塞後の2つのLDLコレステロール目標値の比較

・Journal Title
A comparison of Two LDL Cholesterol Targets after Ischemic Stroke
The New England Journal of Medicine January 2, 2020; 382: 9-19 PMID:31738483

・論文の要約
<背景>
アメリカや日本の脳卒中ガイドラインではアテローム血栓性脳梗塞や一過性脳虚血発作(TIA)後にスタチンを用いてLDLコレステロール(以下LDL-C)を下げることが推奨されている。先行研究であるSPARCL trialでは冠動脈疾患の合併がない脳梗塞患者でアトルバスタチン80mgを内服すると、プラセボ群より脳梗塞の再発が16%減少し、特に頸動脈狭窄のある患者では再発が33%減少することが示された。その後の解析ではLDL-Cを70mg/dl以下まで下げた患者はLDL-Cを100mg/dl以下まで下げた患者より脳卒中リスクは28%減少したとの結果が出た。しかし現行のASA/AHAガイドラインではアテローム血栓性脳梗塞後にスタチン強化療法を行うことが推奨されているものの、目標値の設定はされていない。多くの患者は脳卒中後に高容量のスタチンを処方されるが、その後処方量が減らされる傾向にある。以上を踏まえ本研究では、アテローム血栓性脳梗塞やTIA後の患者のLDL-C目標値を70mg/dlに設定した場合、目標値を90-110mg/dlに設定するよりも心血管イベントが減少するという仮説を検証した。
<方法>
本研究は2010年3月から2018年12月にかけてフランスと韓国の16施設が参加した単盲検無作為化並行群間比較試験である。対象は3ヶ月以内のmodified Rankin Scale≦3点の脳梗塞または15日以内の10分以上続く片麻痺や構音障害で発症したTIAの既往があり、画像で明らかな動脈硬化性病変があるまたは冠動脈疾患を合併している18歳以上(韓国は20歳以上)の患者とした。なお、脳梗塞は突然発症の神経症状があり、症状に一致する頭部CTでの低吸収域や頭部MRI画像の拡散強調画像における高信号域などの画像所見を認めるものと定義されている。アテローム血栓性の発症機序であることはASCOD分類を用いて定義されている。除外項目としては心原性や動脈解離性脳梗塞、症候性脳出血、コントロール不良な高血圧のある患者や、割付時点でのLDL-C≦100mg/dlの患者、悪性腫瘍などの併存症がありフォローアップが困難なものとした。
集められた患者はオンラインでの中央割付方式を用いて隠蔽化され、1:1の割合でLDL-Cの目標値を70mg/dl以下とする低目標値群とLDL-Cの目標値を90-110mg/dl以下とする高目標値群にランダムに割り付けられた。割付後は6ヶ月ごとに3年間外来フォローを行い、その都度採血結果をもとにスタチンやエゼチミブの内服調整が各治療介入者の判断の下行われた。プライマリアウトカムとして脳梗塞・心筋梗塞・緊急CAG/PCIを要する症状・心血管関連死の複合アウトカムが評価された。サンプルサイズは対象群の年間イベント発生率を4.5%とし、介入により相対リスク25%の減少を見込み、検出力>80%、α5%、ドロップアウトを20%のと見積もり3760人とした。主解析はIntention to treatでカプランマイヤー法を用い行われた。
本試験はフランス政府、ならびに脳卒中サバイバー非営利団体(SOS-Attaque Ce?re?brale Association)からの出資で行われた。またPfizer、Astra- Zeneca、Merckの各社からも条件なしの補助金を受けている。
<結果>
フランスの61施設、韓国の16施設が参加した。資金不足のため主要評価項目、解析プランの変更が行われ、早期中止された。その結果、2873人が低目標値群と高目標値群に各1440人、1433人ずつ割り付けられ、最終的解析対象は2860人となった。集団特性は2群間で同等であった。プライマリアウトカムである脳梗塞・心筋梗塞・緊急CAG/PCIを要する症状・心血管関連死の複合アウトカムは低目標値群で8.5%にあたる121例、高目標値群で10.9%にあたる156例に生じ、低目標値群の方が有意に少なかった(HR0.78; 95%CI 0.61-0.98))。複合アウトカムのうち脳梗塞が6割以上を占めていた。副次的アウトカムはいずれも有意差はなかったが、低目標値群で頭蓋内出血と新規糖尿病発症は多い傾向があった。

・Implication
本研究はアテローム血栓性脳梗塞またはTIAと診断された患者に対するLDL-Cの目標値毎の心血管イベントの二次予防効果を検証したランダム化比較試験である。プライマリアウトカムとしてLDL-Cの目標値を70mg/dl以下とする低目標値群の方が90-110mg/dl以下とする高目標値群よりも主要心血管イベントが有意に減少し、二次予防効果が示された。研究デザインをみてみると、治療介入者と患者は盲検化できていない、統計解析に必要なイベント数を集めていない点や、資金不足のため事前設定されていない中間解析が設けられ、試験が早期中止されているため、結果を過大評価している可能性があるなど内的妥当性に疑問が残る。一方で対象患者には韓国からの割り付けも一定数含まれている、フォロー間隔や内服調整方法が現実的であるなど一般化可能性は高いといえる。以上から3ヶ月以内のmodified Rankin Scale3点以下の脳梗塞患者や15日以内のTIA患者ではLDL-C目標値を70mg/dl以下とした場合に約3.5年の追跡期間での主要心血管イベントが減少する可能性は高いが、どれほどの効果があるかは今後の研究での検証が待たれる。全体として、本研究結果は現在の診療を変えることにつながる可能性があると言えるだろう。

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このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科