亀田QQ卒業生インタビューvol.6

今回は救急救命科の部長としてご活躍され、熱く魂のこもった臨床、熱血教育指導で定評があり、「ケンゾー先生」として慕われていた先生です。家庭医のトレーニングを積まれた後、現在は地元の地域医療に従事されております。
「救命」を超えた救急医としての姿勢を文章にしていただきました。ぜひご一読ください。

田中 研三 先生
所属:くすのき診療所 院長

私は2004年から亀田総合病院救命救急科で後期研修を開始しました。2014年に部長職を拝命し、2016年に退職するまで12年間救急科で勤務しました。京都大学医学部を卒業したのが2002年ですので、医師として必要なもののほとんどを亀田総合病院で学んだことになります。

亀田総合病院の後期研修医時代に経験した忘れがたい症例があります。車との接触事故で搬送されたご高齢の女性Aさんの治療は夕方頃から始まり、夜を徹して朝まで続けられました。びまん性軸索損傷による高度な意識障害、骨盤骨折、肝損傷によるDIC、出血性ショックの状態であり、各科の協力の下、IVRによる止血を含めたあらゆる加療が行われましたが、病状は思わしくありませんでした。夜が明けてくる頃、Aさんの家族が病院に到着しました。大家族のようで10人程の方がいらっしゃったと思います。彼らの我々救急科当直医に対する態度は極めて厳しいものでした。突然の事態に対する戸惑い、悲しみ、怒りが、医療サイドへの敵意にも近い猜疑心、圧力に形を変えて吹き出し、救急科の上級医に襲いかかります。特に攻撃的だったのはAさんのお孫さんにあたる30才台前半のBさんです。室温が下がったのでは無いかと錯覚を覚えるほどの緊張感が治療を行っていたECU内に漂いました。当時の救急科は上級医1人、後期研修医1人、初期研修医1人の3人当直で、その日の上級医はO医師でした。O医師は治療の統括とAさんの家族への説明と言う大仕事を、その緊張感の中で冷静かつ的確にこなしておられました。
努力の甲斐無く脳ヘルニアによる致命的な血圧低下が遷延し、いよいよAさんの救命が不可能であると家族に説明しなければならなくなりました。説明するのは当然O先生です。O先生は病状説明の間に必要な処置とカルテ記載について私と初期研修医に指示を出した後、大勢の患者家族達とともに説明用の部屋に入って行かれました。ECUがにわかに静かになり、医療機器音だけが室内を満たします。私はカルテ記載のためにナースカウンターのパソコンに向かいました。椅子に腰掛けた途端、疲れや眠気とともにある感情が私を満たしました。Aさんを救えなかったという失望だけではありません。一晩中くたくたになりながら誠心誠意務めたにもかかわらずAさんの家族からは感謝されない、ひょっとしたら恨まれているかもしれない。こんなにやり甲斐のない仕事はない、大阪弁で言えば「やっとられんわい」です。初期研修医のC先生も同じ事を感じていたのかもしれません。隣のパソコンをタイプしながら、「あの部屋には入りたくないですね・・・。家族はどんな顔して話聞いてるんでしょうね。」とボソリとつぶやきました。
15分ほどたったでしょうか。部屋からO先生が出てきました。O先生はそのまま扉が閉じないように手で押さえ、その扉からAさんの家族がぞろぞろと出てきました。家族はそのままO先生の前を通ってAさんのベッドサイドに向かいます。最後に部屋から出てきたのはBさんです。Bさんの表情からは感情が読み取れません。そのままAさんのベッドサイドに向かうかと思われたのですが、BさんはO先生の前に来るとピタリと立ち止まり、先生の顔をじっと見つめました。私の中に最大級の緊張感が生まれた次の瞬間、BさんはO先生の手を両手で握りしめ、「ありがとうございました!」と涙を流しながら深々と頭を下げたのでした。
私は驚きのあまり椅子からずり落ちそうになったのを今でも覚えています。その後、まもなくAさんは心静止になり、家族に見守られながら死亡宣告が行われました。治療中の喧噪が嘘のように、静かで穏やかなお看取りでした。O先生はその空間をもたらしただけでなく、医療スタッフ達の尊厳も守ってくださった事を、その場の全員が理解していました。私は心底あの部屋の中で何が起こったのか知りたいと思いましたし、以降O先生は私の目標の一つとなりました。

救命救急科が救命に尽力する科である事は言うまでもありませんが、逆に人を最も多く看取る科でもあります。1回の当直で2-3人の死を経験することも少なくありません。自然、人の死について考える機会が多くなります。ERにおける死の多くは突然であり、時に凄惨、衝撃的でもあります。その死を救急医療の限られた時間の中で、可能な限り穏やかな尊厳あるものにするためにはどうしたらよいか、考えずには居られません。医師が患者の救命のみを使命とするなら、救命の望みがなくなった瞬間から医師は無力感を感じ、患者とその家族になんと声をかけて良いのかわからず、ベッドサイドに足を運びにくくなります。実際には患者とその家族の傷ついた「魂」を救い、死を尊厳あるものにするという重大な使命があります。尊厳ある死とは何か。死という現象を観測する人間によって答えは異なります。死を取り巻く人の数だけ存在する問いに最大公約数の答えを提示することができるか、医学的知識のみならず、人間性も含めた医師の力量が問われます。救急医を志す方は、是非亀田総合病院救命救急科でその力を養って頂きたいと思います。

post144_1.jpg

post144_2.jpg


Tag:

このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科