化療マニュアル 第1回『大腸癌の化学療法』
は追記・更新部分です。
化療マニュアルでは、化学療法について掲載します。第1回は大腸癌についてです。
注意:以下は亀田総合病院での一般的治療概念であり、異なる医師、施設、時代では意見が異なる可能性がある。また個々の患者に適応するときには各医師が各自の責任と判断で注意して行う。
- ここ20年で進行がんの予後の改善が著しい
- 1990年代の生存期間中央値は、緩和ケアでは8ヶ月、化学療法施行では11ヶ月であった。
- 最新の化学療法を用いた臨床試験では3年以上の生存期間中央値の報告もある。一般診療では恐らく2〜3年ほどと思われる。この変化の理由はオキサリプラチン、イリノテカン、分子標的薬の出現による。
- Molecular subtypesがある
- RAS遺伝子:野生型は抗EGFR抗体に感受性(BRAF変異以外)、変異型は無効
- BRAFv600遺伝子:変異型はケモの感受性不良で予後不良。抗EGFR抗体が無効(検査は2016年時点で保険償還されない)
- MSI-H:マイクロサテライト不安定性陽性:
- フッ化ピリミジンに比較的耐性で補助療法で予後改善効果が無い(オキサリベースには奏効すると考えられている)、しかし、切除後の予後は比較的良好とされる。
- 診断時ステージ4は少ない(早期が多い)が、ケモの感受性が不良で進行がんでの予後は不良。
- 遺伝子変異が多く、免疫チェックポイント阻害薬が有効との早期のデータがある。
- リンチ症候群患者に生ずる癌のほとんどはこれ。免疫染色で検査する(検査は2016年時点でリンチ症候群以外保険償還されない)
- 大腸癌は化学療法感受性である
- 感受性という言葉に正確な定義はないが、我々はファーストラインの奏効割合が50%程の悪性腫瘍に対して使用することが多い。
- 感受性という言葉に正確な定義はないが、我々はファーストラインの奏効割合が50%程の悪性腫瘍に対して使用することが多い。
- 直腸癌は垂直方向のマージンが十分とれないので局所再発や断端近接・陽性が多くなる。また肛門にかかる病巣では、直腸切断術を要するが(施設により適応は異なる)、肛門温存と局所制御(断端陽性になることを避ける、局所再発を避ける)を目的に術前または術後の化学放射線療法を施行することが欧米は標準。直腸癌に対する化学放射線療法は我が国では欧米ほど浸透していないが、その理由に、(1)術式が異なる、(2)放射線治療施設が限られている、(3)そのため化学放射線療法の経験が少ない、などがある
大腸癌の5年生存率(欧米のデータ)
5年生存率 補助療法での生存率改善効果 Stage I 90% 無し Stage II
高リスク:T4、閉塞80% エビデンスは無しだが、高リスクは検討 Stage III A 70% あり、10% Stage III B/C
(TNMのCはほぼ日本のBに含まれる)40〜60% あり、10〜17% Stage IV 10% 無し Stage IVは化学療法にて根治は出来ないが、生存期間延長効果は大きい 化学療法の適応の一般概念
下記の患者群に分けて考える
- 術後補助化学療法(6ヶ月間):stage IIIとハイリスクstage IIが適応。
- 直腸癌:T3/4で切除する場合、術前または術後に化学放射線療法を施行する(日本では広くは浸透していない)。化療ラジ以外は結腸癌と同じ
- Stage IV化学療法
(ア) ボーダーライン切除可能症例:
Conversion therapyとして、補助療法と同様に積極的に治療する。
最も奏効割合の高いレジメンを用いる、患者の状態により適切なレジメンを選択する。
(イ) 切除不能症例:
(1) PS良好:標準的な化学療法レジメン。長期の治療となることが多い。
(2) PS不良や超高齢者:強度を落とした化学療法レジメン。
術後補助療法:完全切除後に再発リスクを低減する化学療法
- 適応は(1)ステージIIのハイリスクと、(2)ステージIIIの全例、(3)完全切除されたステージIVだけ。OS延長のエビデンスはステージIIIだけにある。米国ではステージII直腸癌もほぼルーチンに補助療法が施行される。
- がんを完全切除後に6ヶ月間投与。術後3〜8週間で開始する。どんなに遅くとも12週後までに開始する(至適な開始時期を検討した試験はない。何処まで遅れると効果がなくなるかを検証した試験もないが、レトロのデータはいくつかある60日以上は良くないとされる)
- adjuvantonline!は欧米のデータを元にした数値であるが、患者の説明に役立つ
- 以下は再発リスクが高いとされる:N2以上(リンパ節転位4個以上)、低分化、術前CEA高値、脈管侵襲、神経周囲浸潤
- イリノテカンと分子標的薬(bavacizumabや抗EGFR抗体など)は補助療法で有用性を示したデータはなく。使用しない。
- レジメンは下記が選択肢。FOLFOX, deGramntは静脈留置ポートが必須。
- mFOLFO6(MOSAIC試験NEJM2004):欧米では5FU/LeucovorinにDFSで優る結果を示している。我が国ではランダム化試験結果はない。当院では若い患者や再発リスクの高い症例に使用している。70歳以上では生存期間延長効果はあまりない。
- XELOX(NO16968試験 JCO2011):効果はFOLFOXと同じ。オキサリプラチンの用量が多く倦怠感や嘔気が強い。Capecitabineの手足症候群も加わり一般的にFOLFOXよりも認容性不良。オキサリプラチンによる血管痛のためポートが必要になるケースがある
- UFT/LCV(NSABP C-06 JCO2006):FOLFOXを施行しない場合の当院の第一選択。再発リスクの比較的低い症例や高齢者に良いかもしれない
- Cepecitabine(X-ACT NEJM2005):手足症候分がきつい。しかし、1日2回朝晩内服で内服はUFT/LCVよりも簡単
- deGramont(GERCOR C96.1 JCO2007):FOLFOXからオキサリプラチンを除いたもの。5FU/Leucovorinの現代の基本レジメン(以前はMayoレジメンやRoswell Parkレジメンなどが使用された)。UFT/LCV、capecitabineなどと効果は同様
- 日本の補助療法の試験
- ACTS-CC: UFT/LV=S-1
- JFMC33-0502: UFT/LV 18ヶ月 vs. 6ヶ月
- JFMC41-1001-C2(JOIN):オキサリプラチン含むレジメンは許容される
- ACTS-RC/NSAS-CC: S-1(1年間)>>UFT単剤(1年間)>>切除単独
ステージIVに対する化学療法:PS不良の化学療法非適応以外、治療に先立ち、生検検体(または術材)からRAS遺伝子変異を提出する(抗EGFR抗体の適応決定)
- 将来的にRASに加え、BRAFv600、MSIなどもルーチンに測定されるようになると思われる。
- 無症状のステージIVは術後のフォロー中に発見されるケースが多い。その症例にいつから化療を開始するかの至適時期を検証した試験は存在しない(古い試験はあるが参考にはなりにくい)。一般的に発見時に治療開始を推奨するのが普通だが、様々な理由で遅らせることもある。
- 症状がある症例では早期に治療を開始する。根治不能であれば化学療法単独が治療の主体で、治療の目標は緩和と延命である。
- StageIVの化学療法では、一度治療を開始したら、その後完全な休薬期間をおくと生存割合が悪化することが臨床試験で証明されている(GERCOR OPTIMOX2 JCO2009)。ある程度奏効した後オキサリプラチンだけ休薬し、5FU/Leucovorinを継続するのは生存割合を悪化させない(OPTIMOX1 JCO2006)。しかし、完全に休薬するかどうかは個々の患者毎に効果と毒性と患者の気持ちに配慮しながら判断する。メタアナリシスは完全な休薬期間を設けることも許容している(Berry SR. Ann Oncol 2015)。
- 切除可能ステージIVが発見された場合、根治を目指して治療する場合、緩和・延命よりもintenseに治療する。切除不能だが縮小すれば切除可能になる病変もintenseに治療する(conversion therapy)
- イリノテカン使用時の毒性の程度(主に下痢と嘔気など消化器毒性と骨髄抑制)を予測するためにUGT1A1遺遺伝子多型(*6/*28ホモ接合体・ヘテロ接合体)を調べる。しかし、陰性でも毒性は強く出ることもあるので注意。*6/*28ホモ接合体・ヘテロ接合体陽性または、全ての高齢者では半量など減量した用量で開始する。少量から慎重に開始する場合、UGT1A1測定は必ずしも必要ない。
使用するレジメン
- 切除可能ステージIV:最も奏効割合の高いレジメンを使用する。しかし、認容性不良であれば、耐えられる範囲の化療を行う。最大腫瘍縮小効果が出る頃、あるいは外科医が切除に適切と判断する頃に切除する。そのため外科医を密接に連絡をとる。
- RAS野生型:mFOLFOX6+/-抗EGFR抗体
- 抗EGFR抗体は始めに製品化されたcetuximabとその後に登場したpanitumumabがあるが、隔週投与の簡便さ、アレルギーのすくなさなどから当院ではpanitumumabを主に使用している。効果両者とも同等。{PRIME試験(JCO2010)、FIRE-3試験(Lancet Oncol 2014)、PEAK試験(JCO2014)}
- RAS変異型:mFOLFOX単剤、またはPSが良好であればFOLFOXIRIも選択肢だが毒性は増強する。BevacizumabをFOLFOXに併用することももう一つの選択肢だが、切除を前提とした場合、切除とbevacizumab最終投与を6〜8週間間隔を開けなければならないことがあり、使用しづらい。またFOLFOXに上乗せする場合、奏効割合の向上はそれほど期待できたい。筆者の施設ではFOLFOX単独を選択する場合が多い。
- RAS野生型:mFOLFOX6+/-抗EGFR抗体
- 切除不能ステージIV:エビデンスとしては下記が選択肢
- mFOLFOX6+/-bevacizumab(またはRAS野生型には+/-抗EGFR抗体)
- ECOG3200(JCO2007)
- FOLFIRI+/-bevacizumab(またはRAS野生型には+/-抗EGFR抗体)
- NEJM2004(IFL+bevの報告。FOLFIRI+/-bevの有用性を明確に示した試験はあまりない)
- XELOX+/-bevacizumab
- TREE-2試験 JCO2008,NO16966 JCO2008
- FOLFOX7:骨髄抑制で認容性不良にmFOLFOX6の代わりに使用して良い (Chibaudel B. JCO2009)
- SOX+/-bevacizumab (SOFT試験 Lancet Oncol 2013)
- FOLFOXIRI+/-Bev
- mFOLFOX6+/-bevacizumab(またはRAS野生型には+/-抗EGFR抗体)
- セカンドラインは上記のどれか使用後、上記のうちそれ以外のどれかを使用する。しかし、オキサリプラチンベース使用後はイリノテカンベースを選択する。その逆の順でも良い(GERGOR試験 Tournigand C JCO2004、INT9741試験 Goldberg RM, JCO2004)。毒性のためセカンドラインでオキサリプラチンやイリノテカンを使用しない場合、フッ化ピリミジン+bevacizumabも選択肢となる。
- サードライン以降.:どちらを先に使用したらよいかを示した試験はない
- Regorafenib(CORRECT試験Lancet2013):奏効割合低い、副作用が強く認容性不良。しかし、PS良好例には重要な選択肢
- TAS102(RECOURSE NEJM2015):奏効割合はこちらも低いが自覚的副作用はregorafenibよりも軽い。しかし骨髄抑制が強く、GCSFや輸血が必要になることが少なくない。D15以降nadirが来るので外来では厳重にチェックすべき。一度トレンドが判明するとその後は治療しやすい。効くとSDを数ヶ月以上保てる
- オキサリプラチンまたはイリノテカンコンボが使用出来ない症例:主にPS不良や、重篤な併存疾患や。超高齢者が該当する。
- deGramont+/-bevacizumab(またはRAS野生型には+/-抗EGFR抗体)
- capecitabine+/-bevacizumab
- UFT/LCV
- カペシタビン+/-bevacizumab
- S-1+/-bevacizumab
- フッ化ピリミジンが使用出来ない症例:以前フッ化ピリミジンで重篤な副作用が出た症例。DPD欠損症の疑い。その他特殊ケース(G4の毒性、Stevens Johnson症候群などは、異なるフッ化ピリミジンが使用出来るか不明。一般的に避けた方が良いときが多い)は経験のある医師にコンサルトする。
- イリノテカン+/-RAS野生型には抗EGFR抗体薬
- EPIC(JCO2008), BOND(NEJM2004)
- 抗EGFR抗体単剤(NEJM2007)
- Regorafenib
- イリノテカン+/-RAS野生型には抗EGFR抗体薬
直腸癌(German Rectal Cancer Study NEJM2004、NSABP R-04 JCO2014、 JNCI2015):T3以上の術前に施行すると肛門温存率と局所再発率が減少する。OS benefitは明かでない
- Capecitabine1650mg/m2/d(875mg/m2 1日2回)を直腸と所属リンパ節領域にトータル50.4Gy照射。Capecitabineは全ての照射日に併用。
- Capecitabineが使用される以前は5FU持続静注(250mg/m2/d照射中連日)を用いていた。
- Capecitabineが使用される以前は5FU持続静注(250mg/m2/d照射中連日)を用いていた。
- 術前化学放射線療法と切除を施行した後、追加で補助化学療法を施行することのOS benefitを直接示した試験はない。しかし、欧米のガイドラインでは推奨されている。施行する場合、stage III結腸癌と同じレジメンを使用する。期間は化療ラジの期間を除いて4ヶ月で良い。T3/T4,N0のstage IIでも米国では化療ラジ後追加の補助化学療法が施行される。
- 術前化療ラジ単独では切除断端の陰性(またはR0切除)を確保できないと判断される局所進行症例(T3/T4またはN2,N3)では、術前化学放射線療法の前にconversion therapyと同じレジメンで腫瘍縮小を試みることがある。治療期間は3〜4ヶ月が多い。この方法の効果を検証したランダム化比較試験はない。しかし、このいわゆるinduction chemotherapy→術前化学放射線療法→切除は、UpToDateとNCCNガイドラインでは許容されている。
- 術前化学放射線療法後に約20%の症例でpCR(病理学的完全奏効)が得られるが、切除は今のところ必須である。pCRが得られた症例は予後が良いことも知られている(Martin ST. Br J Surg 2012)。
- 日本のがん取り扱い規約では、直腸はRsという腹膜翻転部より上の部分がある。腹膜翻転部に全くかからないRsの病変では化学放射線療法は不要で、結腸癌と同じ補助化学療法だけで良い場合もある。
肛門癌(RTOG9811 JAMA2008, JCO2012)
- 肛門癌と直腸癌は全く異なる腫瘍である
- 肛門癌は扁平上皮癌である。子宮頚癌と同様にHPVが発癌に関係している。所属リンパ節は鼠径部も含まれる
- 治療の主体は局所切除で治癒困難な場合、化学放射線療法で治療する
- レジメンはMMC(マイトマイシン)+5FU。MMCは古い薬剤で、それよりは新しいCDDPに置き換えた治療レジメンでランダム化試験が施行されたが、生存率に差はなかったが、肛門温存率でCDDPが劣った(その後のフォローのデータでDFS/OSでもMMCが優ったRTOG9811)。そのため元々のレジメン(Wayne Stateレジメン)が今でも第一選択である。
- 化学放射線療法後6〜8週間後にfull-thickness biopsyを行い、残存腫瘍があれば更に6週間後に再生検する。それでも残存腫瘍があれば根治的外科切除が必要。いつ切除するかは専門家により意見が分かれる。
作成日:2016/07/13
更新日:2016/11/18
このサイトの監修者
亀田総合病院
腫瘍内科部長 大山 優
【専門分野】
がんの包括的医療、病状に応じた最善の治療の選択と実践