2022年米国麻酔科研修プログラムのマッチング状況

久しぶりの寄稿となりますが、今回は米国の臨床留学(residency)のポジションの獲得状況についてお話をさせていただきます。当院にも米国での臨床留学を目指している医師がおりますので、参考になればと思います。結論から言いますと全体として受け入れはここ10年変わりなく25%程度を外国人医師で満たしているため、とくにハードルが上がっているわけではないです。ただ、各診療科によりポジションの獲得しやすさに大きな格差があり、人気の診療科においては、外国人医師には非常に狭き門になっています。特に麻酔科は急速に人気診療科になってきており、近年稀に見る難関診療科になりつつあります。

IMGs (international medical graduates; 米国以外の医学部を卒業した医師)の採択率

post147_1.jpg2022年のマッチングで総数7670人のIMGsがレジデンシーのポジションを獲得しました。これは昨年より162人(2.2%)増加しており、コロナのパンデミックの影響はほとんど受けていないと考えられます。この中には米国人で米国以外の医学部(*)を卒業した者3099人が含まれており、日本の医学部を卒業した学生のような本当の意味でのIMGsは4571人でした。IMGsの受け入れを扱う機構ECFMGは常に一定数の優秀な外国人医師を米国の医療に加えたいと考えているので、今後も積極的に外国人医師を採用していくことは間違いないでしょう。ただその半数が米国人の出戻りで、残りの半分のポジションを取り合う形となりますので、実際はFig.1の下の右側の円グラフにある7864人中の4571人に入らなければなりません。また、外国人の中の大半を占めるインド人のUSMLEのスコアはほぼ満点ですから、そこだけで競うのは難しいです。ですから何か一つ、他の志願者が持っていないもの、例えば研究業績や臨床実績があれば、大きなアドバンテージになるでしょう。また、米国の研修医プログラムのマッチングにはコネクションも大切になるので、米軍病院で研修をするということはコネクション作りという意味で渡米しやすくなるでしょう。診療科別では眼科、耳鼻科、皮膚科はポジションの総数が少ないこともあり、米国の医学部卒業生にとっても超難関です。外科、整形外科、放射線科も人気は高くポジションが空くことはありません。ポジションの空きが多い狙い目の科は小児科、内科、家庭医、救急医の研修プログラムでしょう。

*カリブ海などには米国内の医学部よりも入学しやすい医科大学が多数あり、他国で医学部を修了し、本国に戻り卒後研修を受けるという米国人が近年増加してきている。

米国の麻酔科研修プログラムマッチングの現状

post147_2.jpgさてここからが本題に入りますが、麻酔科研修プログラムのマッチングはこれまでにないほど狭き門になってきています。この話を最初に耳にしたのは、アイオワ大学麻酔科の花田諭史先生からで、今年はアイオワ大学卒業生ですらマッチしない学生がいたという話を聞いたことです。アイオワ大学の学生は麻酔科医を目指す場合、最終学年の4年目に必ずexternshipというプログラムに所属して、一年間を過ごします。Externshipでは麻酔の準備、片付けをしながら実際の麻酔の手技や麻酔管理も学びます。このようなプログラムは米国でも珍しく、麻酔科研修が始まったときには他大学の卒業生よりもかなり麻酔の知識、技術を習得しており、ポジションを獲得するのにかなり有利に働きます。これまでアイオワ大学でexternshipを行った学生がマッチングに落ちたという話は耳にしたことがありませんでしたが、今年はアイオワ大学の学生が麻酔科のプログラムにマッチしなかったのです。最初はその学生が問題児でアイオワ大学の麻酔科も採用したくない理由があったのかと思いましたが、そういうわけでもなかったようです。そこから実際今年の米国の麻酔科研修のマッチング状況を調べてみたところ驚くほど競争が激しくなっていることがわかりました。一昔前はマッチングでポジションが埋まらない施設もありましたが、2022年はポジションの占有率はほぼ100%でした。(Fig.2) これは外科、整形外科、放射線科といった超人気の診療科と同等で、麻酔科もついにそういった診療科の仲間入りをはたしてしまったということだと考えられます。では麻酔科が近年なぜこれほど人気でマッチしにくい科になったのでしょう。いくつかの要因があると思われますが、大きな要因としては需要の増大と供給不足が考えられます。近年麻酔科業務としてNORA(Non-Operating Room Anesthesia)の需要が拡大してきており、マンパワーとしては手術室内よりもNORAの方が多く必要となりつつあります。また、米国はまだまだ発展し続けているため至る所で街が作られています。そこにはもちろん病院も必要となり麻酔科医も必要となります。このような需要の高まりは私自身へのダイレクトメールの数でも伝わってきます。米国の大学病院のポジションからバイトの斡旋まで日に必ず数件のメールが届いているのが現状です。このような急激な需要の高まりの中、麻酔科研修医ポジションの数が追いついていないことが大きな要因の一つとして考えられます。また、このような需要と供給のアンバランスが麻酔科医の給料のインフレーションを引き起こしており(米国麻酔科医の基本給$400,000(2022 Becker's Hospital Review))、これがさらに麻酔科人気に拍車をかけてしまっているのが現状だと思われます。

IMGsが麻酔科研修プログラムのポジションを獲得できるのか。
そのような中でもIMGsの精鋭たちは少数ではありますが、麻酔科研修プログラムのポジションを獲得しています。2022年は過去10年で最少ではありますが、75人の外国人が米国の麻酔科研修プログラムのポジションを獲得しています。今後、米国の麻酔科研修プログラムのポジションを獲得するのが益々困難になるかどうかはわかりません。ただ、どの診療科にも人気の波があるので今の状況が続くことはないと思われます。特に麻酔科はリハビリ科と共に短い研修期間で高収入が得られる科として人気で、これまでも人気に波があるため、研修内容の変更や給与の低下などで一気に人気がなくなる可能性があります。さらに現状の麻酔業務の需要に合わせて麻酔看護師の数も増加することは予想されるため、結果として麻酔に従事する人の数がダブついてしまうと麻酔科の人気は一気に下がることでしょう。このように現状は間違いなく米国の麻酔科研修プログラムのポジションを獲得しようとしている人にとっては厳しい状況ですが、自分の付加価値をあげることに専念しながらアンテナを張り潮目が変わるのを待っていれば、いずれ必ずチャンスは訪れると思います。

最後に、
日本も年々麻酔科医が充足してきており、地域によっては麻酔科研修ポジションの制限がかかり、研修医の受け入れができないところもあります。米国のように超人気診療科になることはないかもしれませんが、日本もこれまでのようにどこに行っても麻酔科医不足で重宝される時代は終焉を迎えつつあります。これから麻酔科医を目指す学生や研修生は、競争によりポジション獲得する必要が出てくるかもしれません。そのためにはこれまで以上にしっかり自己研鑽して付加価値を高めておく必要があることは間違いないでしょう。 

文責 植田健一 (2022/10/1)

このサイトの監修者

亀田総合病院
麻酔科主任部長 小林 収

【専門分野】
麻酔、集中治療