善家義貴先生・阿南圭祐先生をお招きし、呼吸器内科エキスパートセミナーを開催いたしました
2026年7月10日(金)、国立がん研究センター東病院の善家義貴先生、済生会熊本病院の阿南圭祐先生をお招きし、「呼吸器内科エキスパートセミナー」と題した講演会をハイブリッド形式で開催いたしました。阿南先生には現地で、善家先生にはオンラインでご講演いただきました。
当日は当科の中島主任部長が座長を務め、善家先生より「ALK陽性肺癌の治療シークエンス~後方ラインも含めて~」と題してご講演いただきました。続いて、阿南先生より「臨床現場から世界を変える問いを―重症呼吸不全・難病と臨床研究の間で見えてきた景色―」と題してご講演いただきました。
1.ALK-TKIの成績をどのように読み解くか
前半の善家先生のご講演では、肺癌診療ガイドライン2025年版の記載を起点として、ALK陽性非小細胞肺癌に対する各ALKチロシンキナーゼ阻害薬(ALK-TKI)の臨床試験成績と、実臨床における治療選択について解説いただきました。
日本人患者を対象としたJ-ALEX試験では、アレクチニブはクリゾチニブと比較して無増悪生存期間(progression-free survival:PFS)を延長し、最終解析におけるPFS中央値は34.1か月でした(Nakagawa, Lung Cancer 2020)。一方、国際共同第Ⅲ相ALEX試験では、日本の承認用量とは異なる600 mg 1日2回のアレクチニブが用いられ、更新解析における施設判定のPFS中央値は34.8か月でした(Mok, Ann Oncol 2020)。
ここで重要なのは、試験間で報告されたPFS中央値をそのまま横に並べないことです。ALEX試験では、施設判定による更新解析のPFS中央値が34.8か月であった一方、独立中央判定による主要解析時点のPFS中央値は25.7か月でした。両者は判定者だけでなく解析時点も異なります。中央判定は、独立した画像判定委員会が事前に定められた基準に従って評価する一方、中央判定と施設判定では、判定者や盲検性、評価時点などが異なるため、報告されるPFS中央値に差が生じることがあります。また、ALEX試験では中央判定と施設判定の数値が異なる解析時点から報告されており、単純に比較することはできません。
さらに、各試験では画像評価の間隔、追跡期間、クロスオーバーの扱い、治療中止の判断、後治療なども異なります。善家先生からは、個々の数値のみを比較するのではなく、どのような試験デザインと評価方法から得られた結果なのかを確認することの重要性が示されました。
2.アレクチニブとブリグチニブ:脳転移と安全性を含めて考える
ALEX試験では、アレクチニブによる全身病変の制御だけでなく、脳転移に対する高い治療効果も示されました。測定可能な中枢神経病変を有する患者における頭蓋内奏効率は81%と報告されています(Gadgeel, Ann Oncol 2018)。国内外での長期の使用経験があり、比較的管理しやすい安全性プロファイルを有することも、アレクチニブの重要な特徴です。
ブリグチニブについては、未治療のALK陽性非小細胞肺癌を対象にクリゾチニブと比較したALTA-1L試験が紹介されました。最終解析におけるPFS中央値は、独立中央判定では24.0か月、施設判定では30.8か月であり、測定可能な脳転移を有する患者における頭蓋内奏効率は78%でした(Camidge, JTO 2021)。1日1回投与という服薬上の利便性も、長期間の内服が予想されるALK陽性肺癌では考慮すべき点となります。
ブリグチニブの安全性については、CK(CPK)上昇やアミラーゼ・リパーゼ上昇など、定期採血で確認する検査値異常がポイントとなります。ただし、検査値の上昇のみの場合と、筋肉痛や筋力低下、腹痛などの症状を伴う場合とでは臨床的な意味合いが異なります。検査値の程度と症状の有無をあわせて確認し、必要に応じて休薬や減量を検討することが重要であると解説されました。
日本人患者を対象としたJ-ALTA試験では、未治療例に加えて、アレクチニブなどによる既治療例も検討されました。アレクチニブ治療後の患者においても約3割に奏効が得られ、PFS中央値は7.3か月と報告されています(Yoshida, Cancer Sci 2023)。すべての患者に同様の効果が期待できるわけではありませんが、アレクチニブ治療後の選択肢の一つとして検討できることが示されています。
3.ロルラチニブの長期効果と、治療前に共有すべき有害事象
ロルラチニブについては、未治療のALK陽性非小細胞肺癌を対象としたCROWN試験が取り上げられました。講演後に公表された7年追跡解析でも、ロルラチニブ群のPFS中央値は未到達で、7年時点のPFS率は55%と報告されており、長期にわたる全身病変および頭蓋内病変の制御が示されています(Shaw, Ann Oncol 2026)。
ただし、CROWN試験の比較対照はクリゾチニブであり、アレクチニブやブリグチニブとの直接比較試験ではありません。このため、この結果のみからロルラチニブがすべての患者さんにとって最適であると結論づけることはできません。
ロルラチニブでは、高コレステロール血症、高トリグリセリド血症、浮腫、体重増加、末梢神経障害に加え、認知、気分、言語などに関する中枢神経系の有害事象が知られています。多くはGrade 1~2ですが、軽度と分類される変化であっても、患者さんの仕事や日常生活に影響する場合があります。
物忘れ、段取りの変化、集中力の低下、気分や行動の変化などは、患者さん自身よりもご家族が先に気づくこともあります。そのため、治療開始前に起こり得る変化を患者さんとご家族に説明し、開始後は採血結果だけでなく生活上の変化も確認することが重要であることを強調されました。
4.症例から考えるALK-TKIの治療選択
症例を通じた解説では、ALK-TKIの選択にあたり、長期的な病勢コントロール、腫瘍縮小、脳転移に対する効果、治療薬ごとの有害事象、服薬回数などを確認しながら、患者さんの希望も踏まえて治療を組み立てることの重要性が示されました。
アレクチニブ、ブリグチニブ、ロルラチニブには、それぞれ異なる有効性と安全性の特徴があります。試験成績の数値だけで一律に選択するのではなく、脳転移の状況や有害事象が日常生活に及ぼす影響、服薬のしやすさなどを考慮することが、実臨床では重要となります。アレクチニブには国内外で蓄積された有効性と安全性のデータがあり、比較的管理しやすい治療として重要な位置を占めています。ブリグチニブは、脳転移を有する症例に対する効果や1日1回投与という特徴を有する一方、CKや膵酵素を含む検査値異常への注意が必要です。ロルラチニブは長期のPFSと高い頭蓋内制御が期待されますが、脂質異常、浮腫、中枢神経系有害事象について治療前から十分に共有する必要があります。
無症候性脳転移を有する症例では、頭蓋内病変に対する有効性もALK-TKI選択における重要な要素となります。近年のガイドラインでは、脳内移行性の高い薬剤による治療を選択肢として検討する考え方も示されています。一方、症候性病変、大きな病変、出血や局所的な圧迫が問題となる場合には、放射線治療や外科治療を含む検討が必要です。薬物療法と局所治療を二者択一にするのではなく、脳神経外科や放射線治療科とも相談しながら判断することが重要です。
5.後方ラインのALK-TKIをどう組み立てるか
ALK-TKI治療後の増悪に対して、次にどのALK-TKIを選ぶかについても解説いただきました。
ロルラチニブは、複数の第2世代ALK-TKI治療後にも一定の効果を示しますが、既治療例を対象とした第Ⅱ相試験では、治療歴によって奏効率やPFSが異なりました(Solomon, Lancet Oncol 2018)。一方、ブリグチニブとアレクチニブをクリゾチニブ治療後に直接比較したALTA-3試験では、ブリグチニブのPFSにおける優越性は示されず、両薬剤で有害事象の特徴が異なりました(Yang, JTO 2023)。
後方ラインの選択については、先行するALK-TKI、増悪部位、脳転移の状況、有害事象などを踏まえて検討する必要があります。講演では、後方ラインでも効果が期待されるロルラチニブを、治療シークエンスのどの段階で用いるかという論点も示されました。
6.耐性遺伝子変異は治療シークエンスを決められるか
ALK融合遺伝子のvariantや、治療後に獲得される耐性遺伝子変異が、ALK-TKIの効果や次治療の選択に関連する可能性についても解説いただきました。EML4-ALK variant 3ではvariant 1と比較してALK耐性変異が多く、G1202Rが出現しやすいことが報告されています(Lin, JCO 2018)。
また、アレクチニブ治療後にALK V1180L変異が検出され、ブリグチニブが有効であった症例も紹介されました。一方、耐性遺伝子変異の検索結果のみから次の治療を一律に決定できる段階には至っておらず、今後の検討が必要な領域です。一方、ALK variantや耐性変異の情報のみで、次の治療を一律に決定できる段階には至っていません。講演では、先行するALK-TKI、脳転移を含む増悪部位、これまでの有害事象なども踏まえて治療を検討することが示されました。
7.臨床研究は、診療中に生まれた疑問から始まる
後半の阿南先生のご講演では、重症呼吸不全や間質性肺疾患の診療から生まれた疑問を、どのように臨床研究へつなげてきたかについてお話しいただきました。
冒頭では、今回のご講演を通じて伝えたいこととして、次の言葉が示されました。
「臨床で感じた疑問を、その日のうちに書き留める」
臨床研究は特別な才能を持つ研究者だけが行うものではなく、目の前の患者さんを診療するなかで感じた違和感や疑問が、その出発点になるというお話でした。
阿南先生が最初に取り組まれた研究は、薬剤関連ARDSと非薬剤関連ARDSの臨床経過を比較したものでした。「ARDSのなかでも、薬剤によるものは予後が異なるのではないか」という臨床上の疑問を、患者、曝露、比較対照、アウトカムに整理し、単施設研究として検証されました。その結果、薬剤関連ARDSでは非薬剤関連ARDSと異なる臨床経過を示し、より良好な転帰と関連することが報告されました(Anan, BMJ Open 2017)。
観察研究であるため、薬剤関連であること自体が良好な予後をもたらすと断定することはできません。しかし、日常診療で感じた疑問を明確なリサーチクエスチョンに変え、実際のデータを用いて検証するという臨床研究の基本が示された研究です。
8.観察研究から、次の検証へ
特発性肺線維症の急性増悪に対するステロイド治療についても、「ステロイドをどのように減量すべきか」という日常診療の疑問から研究が始まりました。
8施設の多施設コホートと診療報酬データベースという異なる二つの集団を用いた観察研究では、ステロイドの早期減量が良好な院内予後と関連していました(Anan, Respir Res 2022)。
ただし、観察研究では治療選択に伴う交絡を完全には除くことができません。そのため、観察研究で得られた結果を、より確かな方法で検証する必要があります。
阿南先生らはその後、診療報酬データを用いた研究の妥当性を高めるため、間質性肺炎急性増悪や急性間質性肺疾患を抽出するアルゴリズムの検証にも取り組まれています(Anan, Cureus 2024)。また、直接作用型経口抗凝固薬と急性間質性肺疾患との関連について、薬剤疫学的手法を用いた検討も報告されています(Anan, Pharmacoepidemiol Drug Saf 2026)。
さらに、特発性肺線維症急性増悪に対するプレドニゾロン早期減量の有効性と安全性を検証する多施設共同ランダム化比較試験、RAPID-IPF試験のプロトコールも公表されています(Anan, BMJ Open Respir Res 2026)。
一つの臨床疑問に対して、観察研究で仮説を示し、研究手法の妥当性を確かめ、次の前向きな検証につなげていくことの重要性が示されました。
9.完璧な方法よりも、明確な問いを持つ
臨床医が研究を始める際には、時間がない、方法が分からない、相談できる指導者が身近にいない、といった障壁があります。研究計画、倫理審査、データ収集、解析、学会発表、論文化という一連の工程を、一人ですべて行うことは容易ではありません。
一方、何を明らかにしたいのかが明確であれば、研究デザインや統計解析については専門家に相談できます。症例報告、単施設後ろ向き研究、多施設共同研究、系統的レビュー、データベース研究、前向き研究、ランダム化比較試験など、問いに応じて選択できる方法は複数あります。
また、現在はSRWS-PSGやmJOHNSNOWなど、施設や地域を越えて臨床研究を学び、相談できるオンラインコミュニティも存在します。研究環境が十分でない場合には、こうした場に参加することや、一時的に環境を変えて方法論を学ぶことも選択肢となります。
阿南先生が繰り返し強調されたのは、完璧な研究方法を身につけてから始める必要はなく、最も大切なのは明確なリサーチクエスチョンを持つことでした。研究手法や解析方法は学ぶことができますが、診療の現場で患者さんを診ているからこそ生まれる問いは、臨床医自身が見つけなければなりません。
臨床医が行う研究は、診療で生まれた問いを公共的な知識へ変え、現在と未来の患者さんに還元する営みです。エビデンスがないことを診療上の限界として受け入れるだけでなく、エビデンスがないからこそ問いを立てる。その姿勢が、研究だけでなく日々の診療や患者さんとの対話も豊かにすることを学びました。
まとめ
善家先生のご講演では、ALK陽性肺癌に対する各ALK-TKIの試験成績を読み解く際には、中央判定と施設判定、解析時点、クロスオーバー、後治療などの違いを理解し、異なる試験のPFS中央値を単純に比較しないことの重要性を学びました。
実際の治療選択では、アレクチニブ、ブリグチニブ、ロルラチニブそれぞれの有効性と有害事象の特徴を理解し、脳転移、服薬回数、検査値異常、認知機能を含む生活への影響、患者さんの希望を踏まえて治療を組み立てる必要があります。後方ラインについても、耐性遺伝子変異の情報を参考にしながら、病変の部位や進行速度、過去の治療歴を総合して判断することが重要です。
阿南先生のご講演では、臨床研究は特別な人のためのものではなく、日常診療で感じた疑問を書き留めることから始まると学びました。小さな疑問を明確なリサーチクエスチョンへ変え、仲間や方法論の専門家と協力しながら、単施設研究から多施設研究、データベース研究、ランダム化比較試験へと発展させていく過程は、臨床医が研究に取り組む意義を改めて考える機会となりました。
阿南先生には、以前から多施設共同臨床研究を通じて当科もご一緒させていただいています。2025年の米国胸部学会(ATS)での交流を契機として、本年度からは当院医員の短期研修先としてもお世話になっています。
また、国立がん研究センター東病院には、これまでも当院専攻医の研修先としてご指導いただいており、善家先生にも継続してお力添えをいただいています。
今後も、診療、研究、教育の各領域において相互交流を続けていきたいと思います。
ご多忙のなか鴨川までお越しいただきました阿南圭祐先生、オンラインでご講演いただきました善家義貴先生に、改めて深く御礼申し上げます。会場ならびにオンラインでご参加いただいた皆さまにも、心より感謝申し上げます。
執筆担当者:亀田総合病院 呼吸器内科 舟木 佳弘
参考文献
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