川舩先生が慢性咳嗽について発表
当科では毎週木曜日の朝、各医師が持ち回りで注目領域について抄読会形式のレクチャーを行っています。今回は、当科専攻医(現所属:昭和医科大学呼吸器・アレルギー内科学)の川舩先生が、慢性咳嗽について発表しました。
咳は、気道内に貯留した分泌物や吸い込まれた異物を気道外に排除するための生体防御反応です。日常診療で最もよく遭遇する症状のひとつですが、その背景には複雑な機序が関わっており、長引く咳を前にすると、単に症状の有無だけではなく、その病態をどう捉えるかが重要になります。
今回のレクチャーでは、まず咳の成り立ちが整理されました。咳には反射性咳嗽と随意性咳嗽があり、さらに気道への何らかの刺激を契機として、咽喉頭のイガイガ感や咳嗽衝動を経て咳に至る経路があることが示されました。咳反射の求心路にはAδ線維とC線維が関与し、C線維に関連する受容体・イオンチャネルとしてTRPV1、TRPA1、TRPM8、P2X3などが知られています。TRPV1は高温、低pH、カプサイシンに反応し、TRPA1は冷気などの刺激に反応します(咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版2025)。
病的咳嗽については、①咳感受性の亢進と、②気管支平滑筋収縮という2つの側面から説明されました。病的な状態では咳感受性が亢進し、通常では問題にならない程度の刺激でも咳が誘発されるようになります。咳受容体は気道だけでなく、下部食道、胸膜、心外膜、外耳にも存在しており、慢性咳嗽の背景が呼吸器だけにとどまらないことも改めて確認されました。アトピー咳嗽では咳感受性亢進が前景に立ち、咳喘息では気管支平滑筋収縮との関連が重要になる、という整理は臨床的にも非常にわかりやすいものでした。LAMAで咳が改善する背景には、単なる気管支拡張作用だけでなく、咳感受性亢進への影響がある可能性も示唆されました。
検査としては、AHR検査(気道過敏性検査)とCRS検査(咳受容体感受性検査)が取り上げられました。AHR検査は喘息と非喘息の鑑別に重要で、1秒率70%以上、1秒量1000mL以上などの条件を満たしたうえで行います。一方、CRS検査はTRPV1アゴニストであるカプサイシンや酸刺激を用いて咳感受性をみる検査で、安全性が高いとされています。慢性咳嗽を「気道の炎症」だけでなく「咳反射の過敏性」という観点から捉えるうえで、重要な検査だと感じました。
慢性咳嗽そのものの負担も大きな問題です。国内調査では、慢性咳嗽の有病率は2.2〜2.89%とされ、国内の患者数は250万〜350万人程度と推定されています。また、患者の約半数は医療機関に相談しておらず、薬剤も使用していないことが示されています。さらに、慢性咳嗽は日常生活への負担が大きく、治療満足度が低いことも課題として挙げられています(咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版2025)。
慢性咳嗽の診かたとして、今回の発表ではtreatable traitsの考え方が強調されていました。外的因子としての環境、内的因子としての身体的・心理的特性、そして原因疾患の3方向から整理し、介入可能な要素を見つけていくという視点です。病歴としては、咳喘息、GERD、後鼻漏関連が多く、まずここを丁寧に押さえることが重要である一方、一定数は標準的な介入だけでは改善しません。
その文脈で、refractory chronic cough(RCC)とunexplained chronic cough(UCC)、さらにcough hypersensitivity syndrome(CHS)が紹介されました。RCCは原因疾患に対する十分な治療を行っても咳が遷延する病態、UCCは適切な評価と治療を行っても明らかな原因が特定できない病態とされています(Morice AH, Eur Respir J 2020)。CHSは、低レベルの温度刺激、機械的刺激、化学的刺激を契機に生じる難治性の咳を呈する臨床症候群で、冷気、乾燥した空気、香り、会話などをきっかけに、喉のイガイガ感や咳嗽衝動に続いて咳が出る、という患者像が特徴です。ほぼ全例に喉頭過敏症状を伴う、という点も印象的でした(Morice AH, Eur Respir J 2014)。
評価法としては、LCQやVASに加えて、近年はCHAT(Cough Hypersensitivity Assessment Test)も用いられるようになっています。2025年3月にJACI In Practiceに報告された尺度で、72点満点で評価し、18点以上の場合はCHSである可能性が高いとされています(Feng Z, J Allergy Clin Immunol Pract 2025)。慢性咳嗽を「ある・ない」ではなく、過敏性の質まで含めて評価しようとする流れがよくわかりました。
治療では、原因疾患への対応を行ったうえで、咳過敏そのものにどう介入するかが課題になります。ERSガイドラインでは、RCC/UCCに対する治療として、オピオイドやプレガバリンなどのニューロモデュレーターも選択肢として挙げられています(Morice AH, Eur Respir J 2020)。選択的P2X3受容体拮抗薬であるゲーファピキサントは、細胞外ATPシグナル伝達を遮断することでC線維の活性化を抑制する末梢性鎮咳薬であり、難治性慢性咳嗽に対する新たな治療薬として位置づけられます。一方で、味覚障害が高頻度にみられることは実臨床で大きな課題です(Niimi A, Allergol Int 2022)。
非薬物療法として紹介されたSLTも印象的でした。SLTは、ST(言語聴覚士)が咳症状の改善を目的に行う行動療法で、咳に関する教育、トリガー回避、口すぼめ呼吸や飴、水分嚥下などによる咳のコントロール、咽喉頭の衛生管理、心理的介入を含みます。杏林大学からは、慢性咳嗽患者に対してSTが介入するSLTの実践報告があり、8週で4回通院するプログラムにより、LCQスコアは約77.8%、J-NLHQスコアは約66.7%改善したと報告されています(間藤翔悟, 音声言語医学 2023)。薬だけでは届かない領域に対する介入として、今後さらに重要になっていくかもしれません。
さらに、喉頭VTSも新しい治療的アプローチとして紹介されました。Laryngoscope 2024の報告では、1日1回20分の介入によりLCQ、NLHQスコアの改善が示されており、慢性咳嗽を喉頭感覚の異常という視点から捉える流れを感じました(Misono S, Laryngoscope 2024)。
咳嗽は、日常診療で最もよく遭遇する症状のひとつですが、その背景には複雑な経路が関与しています。慢性咳嗽の診察では、原因疾患を追うだけでなく、より詳細な問診を通して、トリガー、喉頭症状、生活上の困りごとまで丁寧に拾い上げることが重要です。咳喘息、GERD、後鼻漏といった頻度の高い病態を押さえつつ、RCC/UCCやCHSという概念も踏まえて診療する必要があります。今後は、ゲーファピキサントに続く副作用の少ない新規薬剤の開発に加え、SLTのような非薬物療法の広がりにも期待したいと感じました。
執筆担当者:亀田総合病院呼吸器内科 舟木佳弘
参考文献
1. 日本呼吸器学会咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版作成委員会 編. 咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版2025. 東京: メディカルレビュー社; 2025.
2. Morice AH, Millqvist E, Bieksiene K, et al. ERS guidelines on the diagnosis and treatment of chronic cough in adults and children. Eur Respir J. 2020;55:1901136.
3. Morice AH, Millqvist E, Belvisi MG, et al. Expert opinion on the cough hypersensitivity syndrome in respiratory medicine. Eur Respir J. 2014;44:1132-1148.
4. Feng Z, Yi F, Zhan W, et al. Development and Validation of Cough Hypersensitivity Assessment Test. J Allergy Clin Immunol Pract. 2025;13:1154-1163.
5. Niimi A, Sagara H, Kikuchi M, et al. A phase 3, randomized, double-blind, clinical study to evaluate the long-term safety and efficacy of gefapixant in Japanese adult participants with refractory or unexplained chronic cough. Allergol Int. 2022;71:498-504.
6. 間藤翔悟, 渡邉格, 宮本真, ほか. 本邦における慢性咳嗽患者に対するspeech and language therapy(SLT)の効果. 音声言語医学. 2023;64:244-251.
7. Misono S, Shen EY, Sombrio AG, et al. Laryngeal Vibrotactile Stimulation Is Feasible, Acceptable To People With Unexplained Chronic Cough. Laryngoscope. 2024;134:5010-5014.