加藤先生をお招きし、NSCLC周術期免疫療法セミナーを開催いたしました。
2025年11月19日(水)、都立駒込病院 臨床研究・治験センター部長/呼吸器内科の加藤 晃史先生をお招きし、NSCLC周術期免疫療法セミナーをハイブリッド形式で開催いたしました。当日は大槻が座長を務め、加藤先生より「新しいモダリティ:周術期免疫療法で根治をめざす」と題し、これまでの周術期治療の歴史から、最新のエビデンスと今後の課題まで、非常に示唆に富むご講演をいただきました。
周術期治療の変遷と「True cure」の難しさ
講演の前半では、まずこれまでの周術期治療の変遷について整理されました。
OkamiらによるJLCS Registry(JTO 2019)をもとに、2010年時点で手術を受けた症例の成績が紹介され、IB〜IIIA期における5年PFS・OSのデータが示されました。
- 5年PFS:IB期60.1%、IIA期48.9%、IIB期58.1%、IIIA期39.8%
- 5年OS:IB期71.5%、IIA期60.2%、IIB期45.1%、IIIA期50.6%
一見すると手術成績は悪くないように見えるものの、「どのステージでも術後1年以内の再発が多く、特にIIIA期は1年での再発が目立つ」との指摘がありました。感覚的には「3年を乗り切れば再発しないように感じるが、その前に再発してしまう症例が少なくない」とのコメントもあり、切除可能(resectable)であることと、本当の意味での治癒(True cure)にはギャップがあることが強調されました。
その背景として、「潜在的に進行したがん(すぐに再発する症例)が、現行のstagingでは十分に拾いきれていない“本当のIII期”なのかもしれない」との見解が示され、ステージングの限界と周術期治療の役割が改めて議論されました。
術後化学療法から周術期免疫療法へ
手術成績を改善するため、従来は術後のプラチナ併用化学療法が標準として用いられてきました。北米では早い時期から術前化学療法も試みられており(Felip:JCO、Martins:Ann Thorac Surg 2024など)、メタアナリシスでは「統計学的な優位差は明確ではないものの、neoadjuvantを受けた群の方がadjuvantのみの群よりも予後が良い傾向」が指摘されていることにも触れられました。
本邦の肺癌診療ガイドラインでは、術前プラチナ製剤併用療法は推奨されず、2025年版において、臨床病期II-IIIB期に対して、術前の化学療法+免疫療法については弱く推奨されていることも紹介されました。
術後アテゾリズマブについては、対象集団が術後プラチナダブレット1サイクル以上施行症例に絞られた結果、登録1280例から約1000例に減っていること、
PD-L1 TC≧1%ではDFSのHR 0.66(0.50–0.88)と「3人に2人に効果がある」という解釈もできる一方、OSの有意差は示されていないこと、PD-L1高発現(TC≧50%)ではHR 0.42(0.23–0.78)と良好な数字であっても、約200例と症例数が限られているため、解釈には慎重さが必要とのコメントがありました。
特定の薬剤を強調するのではなく、「DFSの改善は示されているが、OSを含めた長期予後についてはまだ“決めつけすぎない方がよい”」という、バランスのとれたご説明がなされていたのが印象的でした。
周術期免疫療法主要試験の整理
続いて、周術期免疫療法の代表的な試験結果が、比較的冷静なトーンで整理されました。
- CheckMate 816(CM816)
オープンラベル試験で、約358例を1:1に割り付け。主要評価項目はpCRとEFS。
奏効率やダウンステージ率自体は大きな差がないものの、pCR率の差が際立っており(Nivo+Chemo vs Chemo単独でOR 13.44)、EFS HR 0.68(0.51–0.91)と良好な結果。
ただし、最終OS解析ではHR 0.72(0.523–0.998)、p値0.0479と「効いていないのではなく、当時の症例数ではOSに十分なパワーがなかった」と解釈した方が妥当とのコメントでした。 - CheckMate 77T
プラセボ対照の試験で、N=461。術前・術後にNivoを投与。
主要評価項目のEFSはHR 0.61(0.46–0.80)と良好。一方で、OSはHR 0.85(0.58–1.25)、追跡期間中央値41.0か月とまだ観察期間も症例数も十分とは言いきれず、「OSについては今後のフォローが必要」とされました。 - AEGEAN試験
N=802と比較的大規模で、pCRとEFSが主要評価項目。
EFS HR 0.59(0.55–0.81)と他試験と整合的な結果を示しつつも、OSに関してはHR 0.89(0.70–1.14)で、現時点では明確な差が出ていないことから、「悪くはないが、OSについては“いまひとつ決め手に欠ける”段階」と整理されました。 - KEYNOTE-671(KN671)
当時としては挑戦的に、EFSとOSのdual primary end pointsを設定した試験。
Cisplatinベース化学療法にこだわったレジメンで、EFS HR 0.58(0.46–0.72)、24か月EFS 62.4% vs 40.6%、5年EFS 49.9% vs 26.5%と、曲線が開き続けていることが印象的なデータとして紹介されました。
OSもHR 0.73(0.54–0.99)、さらに5年OSではHR 0.74(0.56–0.92)と改善が示されつつある一方で、「dual primary endpointsであること」「サブグループ解析ではPD-L1<1%ではHRが1をまたいでいること」など、解釈上の注意点にも触れられました。
また、KN671では「pembrolizumab群で手術に行けない主な理由は有害事象、プラセボ群ではPDによる非切除」という対照的な傾向が示されました。ただし、KN671においては、外科切除に至らなかった症例は両群とも2割弱であり、有害事象を理由に一度見送られても、その後に手術を受けている例も多いことが補足され、「免疫療法の“副作用で手術に行けなくなる”イメージだけが独り歩きしないようにしたい」というメッセージも印象に残りました。
どの患者に術前・術後を通じた周術期免疫療法を行うか:Nodal status・pCR、MRD
では、「術前・術後を通じた周術期免疫療法」をどのような患者さんに適用すべきか―リンパ節転移、pCR、MRDなど、実臨床で悩ましいポイントについて整理されました。
- Nodal status別のEFS/OS(Wakelee HA:WCLC2025)
- 統合解析ではKaplan-Meier曲線がほぼ近似値をとっているため、pCR症例では術後のIOは必要なさそうだが、この統合解析だけでは本当にpCR症例に術後IOが必要かはエビデンスとしては乏しく、pCRだからやめてよいという判断は現時点ではできないということです。
- pCRが得られなかった症例でも、術後治療を行うことで一定の利益が期待できる可能性
これらを踏まえ、
「現時点では『pCRだからやめてよい』『pCRでないから続ける』と病理だけで割り切れるエビデンスはなく、術前・術後を通して投与するperioperative immunotherapyのアプローチが、最もエビデンスに裏打ちされた選択肢の一つといえる」
という、非常に実務的なまとめがなされました。
さらに話題はMRDへと移り、ADAURAにおけるMRD解析(John T, Kato T, Nature Medicine 2025)や、NivoでctDNAを評価した研究にも触れつつ:
- 術後治療を行わなくてもよい患者像をMRDで選別できる可能性は示唆されているものの、
- 「少なくとも現時点では、“術後治療をやめた方がよい”ことを示すエビデンスはなく、今のところ副作用などでやむなく中止した症例が“結果的に治療を受けなかった人”になっているに過ぎない」
と、期待と現実のバランスをわかりやすく整理されていました。
後半では、従来の「手術+術後補助化学療法」から、術前の段階から免疫療法を組み合わせる周術期治療へとパラダイムが変わりつつある点が整理されました。これまで再発抑制に限界があったことをふまえ、「切除可能な患者さんを前にしたとき、いま本当に最善といえる周術期戦略は何かをあらためて考える必要がある」とのメッセージが印象的でした。
最後に加藤先生は、早期発見できた患者さんが「根治」を期待できる可能性が広がりつつある一方で、「まだ大丈夫、このままで十分」と考えてしまう現状維持(正常性)バイアスにも注意が必要だと述べられました。新しい周術期免疫療法を含む選択肢が増えた今こそ、エビデンスと患者さんの価値観を踏まえながら、チームで最適な治療方針を検討することの重要性が強調されました。
質疑応答より
質疑応答では、日常診療で悩ましいポイントについて、具体的なディスカッションが行われました。
- シスプラチン使用について
術後にシスプラチン併用化学療法をきちんと入れることに価値があると考えており、シスプラチンが難しい症例では、AEGEANレジメンのような選択肢も視野に入れつつ、「CDDPが使えない=ICIが使えない」わけではない点が強調されました。
耐術能があると判断された患者の中には、相当数がシスプラチンも十分使用可能であるとの見解でした。 - 術前サイクル数(3サイクル vs 4サイクル)
術前4サイクルというエビデンスの多くは、制吐療法が十分でなかった時代のデータに基づいていることから、「サイクル数だけでレジメンを入れ替えるのも、やや割り切りにくい」とのコメントがありました。 - PD-L1 TPSと治療選択
TPSに応じた治療強度については、「副作用が出る可能性をどこまで許容するか」を患者さんと丁寧にすり合わせた上で、チャンスを与えるという考え方も妥当ではないかとのご意見が述べられました。 - 説明の実際(インフォームド・コンセント)
周術期戦略については、内科・外科双方でカンファレンスを行い、優先順位を整理したうえで、少なくとも2つの選択肢を患者さんに提示するようにしているとのことでした。
単一の薬剤やレジメンに偏るのではなく、複数の選択肢の中でバランスをとりながら説明する姿勢が印象的でした。
今回の講演を通じて、エビデンスベースの周術期治療の重要性を学びました。
ご多忙のなか鴨川までお越しくださった加藤先生に、改めて深く御礼申し上げます。ぜひまた来年もご講演を賜れれば幸いです。
また、会場およびオンラインでご参加いただいた先生方にも心より感謝申し上げます。本講演会が、皆さまの日々の診療に少しでもお役立ていただければ幸いです。