急性冠症候群が疑われる患者に対する高感度トロポニンT検査を用いた0/1時間プロトコールの長期転帰

Journal Title
Late Outcomes of the RAPID-TnT Randomized Controlled Trial: 0/1-Hour High-Sensitivity Troponin T Protocol in Suspected ACS

論文の要約
背景
心筋逸脱酵素である高感度トロポニン検査の登場により、小さな心筋傷害を早期に検出出来るようになった。更にこの検査を2回行い、その変化をみることで、その傷害が急性か慢性かも判別出来るようになり、これを利用した急性冠症候群(ACS)を評価するためのプロトコルが開発されてきた。そして、検査精度の向上に伴い、この2回の検査の間隔は徐々に短縮してきている。2019年に発表されたRAPID-TnT trial(Rapid Assessment of Possible ACS in the Emergency Depatment With High-Sensitvity Troponin T trial)では、心筋梗塞を疑う患者に対して、高感度トロポニンであるhs-TnTを使用し、間隔を1時間とする0/1時間プロトコル(以下0/1時間群)で評価した群と従来どおり間隔を3時間とおく0/3時間プロトコル(以下0/3時間群)で評価した群での30日以内の死亡・冠動脈イベントが比較された。その結果は両者に差はみられなかった。しかし、0/1時間群では心臓機能検査が減少し、侵襲的な冠動脈検査数が増加し、心筋障害の診断が増加したが、アテローム性動脈硬化に伴うtype I m yocardial infarctionIの増加はみられなかった。左記のような初期マネージメントの違いによる長期予後を検証した研究はない。そこで本研究はRAPID-TnT trialに引き続き、長期予後として12ヶ月以内の死亡・冠動脈イベントを検証した。

方法
上記RAPID-TnT trialは2015年8月から2018年4月にオーストラリアの4施設で行われた3378人が登録された非劣性ランダム化比較試験である。対象は(1)臨床的にACSが疑われること (2)心電図で明らかな虚血性変化を認めないこと (3)18歳以上であること (4)研究の参加に同意することである。除外基準は(1)心原性ではない胸痛と考えられるとき (2)他病院からの転院の場合 (3)過去30日以内にACSが疑われた事がある場合 (4)永久透析が導入されている場合 (5)重要な書類を記載することが出来ない併存症や言語の壁がある場合であった。最初に上記30日イベントの結果が発表された。本試験は引き続き上記2つのプロトコールで1:1でブロックランダム化された患者に関する12ヶ月の長期予後を評価した。0/1時間群に割付された患者は以下のプロトコルで対応された: hs-cTnTの初回値が発症から3時間以上が経過し5ng / L未満の場合、または初回値が≦12 ng / Lかつ1時間の変化が<3 ng / Lの場合は心筋梗塞が除外された。初回値が≧52ng/ Lまたは初回値に関わらず1時間の変化が≧5ng/ Lの場合は入院にて評価が継続された。初回値が13-51 ng / Lで1時間の変化が<5ng/ Lまたは初回値が≦12ng/Lかつ1時間の変化が3-4ng / Lの場合は検査を繰り返すことが推奨された。 0/3時間群では、hs-TnTの値が29ng/L以上かつ継続的な症状がある場合、心電図の変化、または既知の冠動脈疾患がある場合は入院にて評価された。2回の検査が29ng/L以下で継続的な症状や既知の冠動脈疾患がない患者は帰宅としたが、年齢>65で血管リスク≧3の患者では引き続き外来で機能的検査が加えられた。両群とも、冠動脈造影や再灌流療法の実施については医師の判断に委ねられた。
主要評価項目は発症12ヶ月以内の全死亡または心筋梗塞を発症するまでの期間とした。心筋梗塞の定義はFourth universal definitionに従った。主要評価項目の解析では共変量で調整しないCox比例ハザードモデルを使用した。病院間でのグループ内相関を調整するため共有フレイリティーモデル・ロバスト分散推定を使用した。事前設定していた重要なサブグループは最初の2回の採血で測定値が5-29ng/Lの患者での比較とした。

結果
3378名が組み入れられ、そのうち108名が脱落し3270名が12か月間追跡された(0/1時間群:1638人、0/3時間群:1632人)。12ヵ月間の追跡調査では、侵襲的冠動脈造影に差はなく(0/1時間群:232/1638[14.2%]、0/3時間群:202/1632[12.4%]、P=0.13)、12ヵ月後の全死亡および心筋梗塞についても試験全体では両群間に差はなかった(0/1時間群:82/1638 [5.0%] 、 0/3 時間群:62/1632 [3.8%]; ハザード比, 1.32 [95% CI, 0.95-1.83]; P=0.10)。しかし、サブグループ解析である初めの2回の値が29ng/L以下であった2993人(91.5%)での比較では0/1時間群でより多く侵襲的冠動脈造影が施行され(0/1時間群:168/1507[11.2%]、0/3時間群:124/1486[8.3%]、P=0.010)、12ヵ月後の全死亡および心筋梗塞においても0/1時間群で多くみられた(0/1時間群:55/1507 [3.6%] 、0/3 時間群:34/1486 [2.3%]; ハザード比, 1.60 [95% CI, 1.05-2.46]; P=0.030)。

Implication
本研究は、初診時の心電図が虚血性変化を示さない事前確率の低い患者を対象としたものである。長期予後は全体で概ね差はみられなかったが、初回2つの値が29ng/L以下であった患者間では0/1時間群で侵襲的冠動脈造影、死亡および心筋梗塞群が多かった。著者らは高感度トロポニンの検出感度向上によるマネージメントの違いがこのような結果の違いにつながったと推察している。著者らが自ら指摘しているとおり、サブグループ解析の結果であり、多重比較や偶然誤差の可能性に注意が必要である。また、本研究での侵襲的検査を行う基準は規定されておらず、医師の裁量に委ねられている点で外的妥当性に問題がある。そのため、今後この低リスク患者での検証が引き続き行われることを期待する。

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文責:安藤 司恩/高橋 盛仁/南 三郎


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このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科