脾臓切除術リスクの高い鈍的外傷患者における予防的塞栓術の効果

Journal Title
Effect of Prophylactic Embolization on Patients With Blunt Trauma at High Risk of SplenectomyA Randomized Clinical Trial
JAMA Surg. 2020;155(12):1102-1111. doi:10.1001

論文の要約
<背景>
 鈍的外傷による脾臓損傷では、循環動態が安定していれば開腹手術を行わない管理(NOM: Non-Operative Management)を開始して脾臓温存を目指す。特に脾動脈塞栓術が開発されてから脾臓温存率は80%以上にまで改善してきた。
 現在の脾動脈塞栓術(SAE: splenic arterial embolization )の適応は主に1.脾臓からの活動性出血がある 2.脾臓仮性動脈瘤がある3.脾動静脈瘻があることである。特に2.3.は遅発性に破裂する可能性が80%を超えNOMに失敗する可能性が高いとされているからである。これらを来院時の画像評価で認めた症例に対しては、予防的にSAEを施行することが国際的なガイドラインでも推奨されている。
 一方で、脾臓からの遅発性出血のリスクとしては4.大量の腹腔内出血を伴う(骨盤腔まで到達する腹腔内出血)5.重度損傷(AATS: American Associate of Trauma SurgeryのOrgan Injury ScaleのGrade III - Vの脾損傷)も指摘されている。本研究では4.5.に対する予防的SAEにより脾臓温存率が改善するか、検証した。

<方法>
 2014年2月6日から2017年9月1日にフランスの16施設で実施されたランダム化比較試験である。対象は18歳以上75歳未満の非開放性脾損傷を受傷して48時間以内の循環動態が安定したOIS grade III-Vの患者である。ただし脾臓や他臓器からの滑動性出血など、緊急でSAEが適応となる場合や、免疫不全、妊娠、抗凝固薬の内服があるなどの場合は除外された。
患者は来院時に予防的SAEを施行する群(pSAE群)と、経過観察から開始して必要時にSAEを施行する群(SURV群)に割り付けられた。主要評価項目は受傷後1ヶ月時点での脾実質の血行が造影CT動脈相で50%以上保たれており、かつ脾臓切除術が施行されていないことととし、副次評価項目は受傷後5日、1ヶ月、6ヶ月時点でのSAEの施行回数や出血・感染などの合併症などが設定された。
 脾損傷のOIS grade診断に用いる初回造影CTの読影については、以下のような手順を踏むことでバイアスがかからないように注意した。?研究参加施設の放射線科医がOIS gradeを判定して研究センターに提出する。?さらに2名の放射線科医がマスキングされた状態で再度OIS gradeを判定し、一致していれば採用する。サンプルサイズはαエラー5%、βエラー20%、脾臓温存成功率をpSAE群で90%、SURV群で40%と設定して、除外を想定して140人と算出された。解析は原則としてPer-Protocol解析で行われた。

<結果>
 140名が研究参加し、71名がpSAE群に69名がSURV群にランダム割り付けされ、画像評価の不一致や保険の有無などで合計6名が除外され、さらにLost to follow-upなどで主要評価項目解析時の患者数はpSAE群で57名、SURV群で60名となった。
 主要評価項目である脾臓温存割合は、pSAE群で98.2%とSURV群で93.3%で有意差を認めなかった(95% CI, −2.4% to 12.1%; P = .37)。脾臓切除術もSURV群で4例施行したのみで有意差を認めなかった(95% CI, −12.5% to −0.2%; P = .12)。
 副次評価項目は、受傷後5日時点でpSAE群の方が仮性動脈瘤合併が低く(1.5% vs 12.3%; P = .03)、またpSAE群の方が追加SAEが少なかった(1.5% vs 29.2%; P < .001)。受傷後1ヶ月まででSURV群の方がSAEや脾臓切除術といった追加処置を要した(3.4% vs 32.8%; P < .001)。またpSAE群の方が入院期間が短かった(9 days [IQR, 6-14 days] vs 13 days [IQR, 9-17 days]; P = .002)。その他の評価項目においては有意差を認めなかった。

Implication
 循環動態が安定している重度(gradeIII以上)な鈍的脾損傷患者や大量の腹腔内出血を合併した患者に対して予防的SAEはNOMの成功率を改善させると期待されてきたが、本研究において予防的脾動脈塞栓術は必要時に脾動脈塞栓術を施行するのと比較して脾臓温存割合を改善させなかった。
<内的妥当性の吟味>ランダム割付されていて画像読影のコンセンサスを事前に作成していることは強みだが、脾損傷の重症度分類(III、IV)の検者間一致率は高くないことが知られており、一般化可能性を下げる要因ともなりうる。SURV群で脾臓温存割合を40%と想定していたためサンプルサイズ設計に大きな誤りがあったこと、Per-Protocol解析であったこと、放射線読影担当者はマスキングを受けていたとはいえSAE施行されていたかどうかは画像を見れば判断できてしまうことなどは内的妥当性を損なう点である。
<外的妥当性の吟味>一ヶ国で行われ、欧州以外の国籍の患者は除外されているものの、多施設参加型である点は外的妥当性を高めている。
 これまで、高度外傷センターやガイドラインにおいて本研究に組み込まれるような患者に対しては血管造影や予防的SAEが推奨されてきた。しかし、本研究結果においては予防的・待機的どちらの治療成績もよく、今後は待機的SAEの治療戦略も注目されることになるだろう。更なる外的検証に期待したい。

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このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科