Caenorhabditis elegansの嗅覚を利用した正確な包括的がんスクリーニング検査

Journal Title
A Highly Accurate Inclusive Cancer Screening Test Using Caenorhabditis Elegans Scent Detection
PLoS One. 2015 Mar 11;10(3):e0118699. doi: 10.1371/journal.pone.0118699.

論文の要約
背景
がんによる死者は年々増加しており、2030年には世界で1700万人死亡すると予測されている。早期がんの段階で治療介入するために、経済的かつ非侵襲的に早期がんを発見する技術の発展は急務である。今までにがんからは犬やマウスが検知できる匂いが出ているとの報告や、線虫の仲間であるアニサキスが胃癌に噛み付いた報告もあった。本研究では、線虫Caenorhabditis elegansの嗅覚を用いてがんの匂いを検出する手法をNematode Scent Detection Test (NSDT)と呼称し、その構築を試みた。
方法
・Chemotaxis assay
Plateの片端に検体、もう片端にコントロールを滴下し、検体の方をN+のエリア、コントロールの方をN-のエリアと設定した。Plateの中央にyoung adultの線虫を50-100個体乗せ、1時間後にそれぞれのエリアにいる個体数を数えた。個体数を[(N+)−(N−)]/[(N+)+(N−)]に当てはめてindexとした。
・線虫
野生型N2株とodr-3変異株を使用した。
・検体
培養細胞由来の検体は結腸癌、乳癌、胃癌の細胞株の培養液の上清であり、コントロールには細胞を培養しない培養液、線維芽細胞の培養液の上清を用いた。癌患者由来の組織検体は2014年1月-3月に手術した直腸癌と胃癌患者の組織を用い、コントロールには同組織の非癌部位を用いた。癌患者由来の尿、血清の検体は2011年10月-2012年4月、2012年9月-2013年3月の食道癌、胃癌、結腸癌、乳癌、膵臓癌、胆管癌、前立腺癌の様々なstageの患者のもの24検体、コントロールには悲癌患者のもの218検体を用いた。
・対象
尿や血清に影響を及ぼしうる項目についてアンケートを実施された伊万里有田共立病院の21歳以上の担癌患者で、前年に手術を施行された場合、手術が5年以上前で再発の検索がされていない場合、現在化学療法中の場合は除外された。
・腫瘍マーカー
既存の腫瘍マーカーとしてCEA、抗p53抗体、DiAcSpm を用いた。それぞれのカットオフ値はCEA5 n g、抗p53抗体1.30 U/ml、DiAcSpm は男性243 nmol/g Cre 、女性は354 nmol/g Creを用いた。
結果
新鮮な培地のみ、線維芽細胞の上清と新鮮な培地、癌細胞株の上清と新鮮な培地をそれぞれ一つのplateに滴下してChemotaxis assayを行った。培地のみ、また線維芽細胞の培地と新鮮な培地のplateでは線虫は正の走性を示さなかったのに対し、癌細胞株のplateでは有意に正の走性を示した。走性は濃度依存的であり、10-6、10-7で最も強い誘引を示した。また線虫の嗅覚に寄与し、芳香物質の感知に関わっているGタンパク共役型受容体ODR-3の変異体では、野生型と比較して癌細胞株由来の上清への誘引が阻害された。次にstage?の結腸癌の組織を使用し、癌組織と正常組織を浸した希釈液でのChemotaxis assayを行ったところ、野生型では癌組織の上清に誘引された。一方正常組織の上清は避ける行動が見られた。癌組織そのものを用いると、野生型では癌組織に誘引されるのに対し、odr-3では誘引されなかった。癌患者由来の組織から芳香物質が出ており、線虫がそれを感知していることが示唆された。次に癌患者由来の血清や尿の希釈液で線虫が誘引されるか見るため、癌の指摘がない10人の尿・血清と直腸癌、胃癌、膵臓癌の患者20人からの尿・血清を用いてChemotaxis assayを行った。一つのplateの検体と反対側には1mol/dm3のアジ化Naを滴下した。血清の検体では非癌患者と癌患者で差は認められなかった。しかし、尿の希釈液では非癌患者の尿は避ける行動が見られ、一方で癌患者の尿には誘引された。この傾向はodr-3を用いると見られなくなった。尿を用いたNSDTの精度を検討するため、様々な癌患者の尿24検体と非癌患者の尿218検体を用いてChemotaxis assayを行ったところ、線虫は癌患者の23検体に誘引され、非癌患者の尿からは逃避する傾向が見られた。NSDTの感度は95.8%、特異度は95.0%であり、既存のどの腫瘍マーカーより高値であった。また、早期の癌についてもよく検出していた。
考察
癌の芳香物質と受容体の同定は今まで困難であり、本研究では線虫を用いることでその解明の一助となることが示された。これらの同定は簡便な癌検査の開発や新規抗がん剤開発につながる可能性がある。
NSDTを診断に応用するには、判断基準を確認し、線虫の癌に対する感受性を向上させる必要がある。

Implication
本研究では、基礎的知見として癌の芳香物質に対応する受容体の一つを解明した点に価値がある。基礎実験の論文ととらえると使用されたコントロールや盲検化の手法は実験過程上ある程度妥当であり、PLoS Oneに採択されたのも納得できる。しかし実用化を目指した検査の症例対照研究ととらえると、コントロール群に対して癌患者の症例が少なく腺癌に偏っており、inclusion criteriaの記載が少ないため、検体の選定が適切になされているとは言い難い。既存の腫瘍マーカーとして使用されている3つもなぜそれらが選択されたのか記載に乏しく、スクリーニング検査として死亡率の減少に寄与する証明がないものをコントロールにする点は妥当性を欠いている。またNSDTは日本でのみ行われている状況であり、一般化するためにはより広い施設・検体での検証が行われるべきである。

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このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科