二足歩行4

 脊髄障害の患者さんを外来で診察するときには、名前を呼んでも患者さんはなかなか診察室に入ってこない。外来の待合室の椅子に座った状態から急に立ち上がると、最初の数歩は足がこわばって歩きにくいと訴える人が多い。名前を呼ばれたら、座ったまま足踏みをしてそれからゆっくり立ち上がるように指導している。歩行のためのプログラムコールの時間が必要なのである。大脳からの司令が来ないときには、脊髄は重力に対して姿勢を保とうとする姿勢制御のプログラムが最上位に位置してしまう。大脳が歩行の司令を伝達するときには、司令の逐一の情報を脊髄に送っているのではなく、脊髄にある歩行のためのプログラムを呼び出す作業をしているらしい。歩き出す前にこの歩行プログラムを脊髄で最上位に置く必要がある。

 大脳生理学では、歩行に於ける大脳皮質の作用について完全に解明された訳では無いようであるが、歩行に際して大脳は足趾特に第一趾を曲げ込む司令を出しているらしい。従来のリハビリテーションでは、脊髄障害の患者さんに歩行訓練をするときにとにかく膝を持ち上げて歩くように指導をしてきた。ところがこれがなかなかうまく行かない。中枢神経の病気で寝たきりになっている患者さんでも、趾を他動的に曲げると膝がオートマチックに屈曲する反射が観察できる。この反射に注目して、最近著者は脊髄障害の患者さんに足の趾を曲げ込んで歩くように指導している。これは意外にも効果が高いことが分かった。患者さん全員に効果が有るわけでは無いが、半数以上の患者さんで膝が自動的に曲がり、歩くのが楽になったと感謝されている。この動作は歩行のためのプログラムコールに重要な作用があるように見える。マリーフォア反射の臨床応用である。

 病的反射や原始反射ですでに述べたが、反射の機構はその反射回路そのものに破壊的なダメージがない限り、常に中枢神経に存在しているのであろう。様々な修飾の状態によって、ある場合にはそのプログラムが表面に現れたり、また裏に隠れたりしてしまう。これが、中枢神経が様々な反射の形態を包み込み、必要に応じて必要な反射回路を呼び出すシステムなのである。脊髄にとっては放っておくと重力に対抗する姿勢保持の反射が最も上層に位置するようである。歩行は大脳がすべての筋肉に対する命令を出していると考えるより、大脳は歩行の反射回路を呼び出していると考えると、様々な現象がじつにうまく説明ができる。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療