タヌキの交通事故1

 我国の動物で、交通事故による死亡数の最も多いものはタヌキだそうである。全狸口が正確には国勢調査されていないので、死亡率の計算はできないかもしれない。タヌキが、交通事故に遭う原因としては、彼らが夜行性であること、自動車のヘッドライトに目が眩み、道路の途中で立ち止まってしまうことにあるらしい。次に多いのは、猫の犠牲者である。ネコは、彼らの大脳の記憶のなかに自動車の速度はインプットされていないらしく、高速で接近する自動車の前を競争するかのように、脇目もふらず大急ぎで横断し、交通事故に遭う。オーストラリアでは、ボランティア団体の運営によるコアラの病院が有るという。ここの入院患者の多数は交通事故の犠牲者であるという。コアラも昼間は樹上でユーカリの葉に含まれるポリサッカライドの影響で麻薬患者のように白日夢の世界にいるようなふりをしているが、実は夜行性で夜間ノコノコと道路を横切るという。

 この差は、彼らの食餌に大いに関係がありそうである。ネコの狩りを見たことがない人は少ないと思うが、彼らが獲物に狙いをつけている時には、はたから見ているととてもユーモラスな格好をする。腰を振ってタイミングを計っている。まるで、獲物の進む方向・距離・速度を大脳で計算し、その演算が終わると、一目散に獲物に飛びかかるかのように見える。狩猟が餌の獲得に重要であったネコは、途中でプログラム変更をすることは苦手である。一方、雑食の狸には、相手の動きをあらかじめ計算しておく必要は無い。旨そうなものが落ちているかどうかが問題である。残念ながら、ネコの大脳には自動車の速度が、タヌキの大脳にはヘッドライトの明るさが、それぞれインプットされていないために計算違いや、困惑の状態になってしまうことが不幸な交通事故死の原因となる。コアラの場合には、俊敏性という単純な運動能力の問題のように考えられるが。

 しかし、異る意見の人もいる。ヒトが他の種に比べて最も発達した部分は言語の獲得である。言語の発達には視覚情報による空間的認知、聴覚情報の空間的認知のみならず、両者の時間的空間認知が必要で有るという。この時間的空間認知が「予測」を可能にする。ヒトは獲物を倒すとき、投げる石の軌跡を予想することが可能である。「不思議なダンス」の著者リン・マーグリスはこのような演算はヒトに特有のこととしている。だとすると、この大脳の作用--予測は、言語を持たないネコには不可能なことである。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療