ヒトは何故助平になったか1

 イリオモテヤマネコの発見者である戸川幸夫氏の作品に表記の表題の本がある。真面目な動物学者らしい洞察力で、種々の動物の性行為を比較されている。氏はこの中で、ヒトの性行為における大脳活動の重要性について述べておられるが、著者としては多少の不満が残った。

 大脳皮質がヒトの性的興奮にとって重要である点について異論はない。両性の性的興奮が性行為を、その最終目的である受精にとって最適条件にするために必須であることも異論はない。しかし、大脳皮質の作用の男女差についての考察がない。

 最近は、女性用ポルノがあると聞く。しかしそう大きな市場を得ているとは思えない。女性を口説き一夜を共にするのに、薔薇の花束、食前酒、贅沢な食事、気の利いた会話、一杯のコーヒー、毎夜のラブコールが必要なのはなぜだろう。男性の性衝動は、鋭角的で、一枚のポルノグラフィーがあれば充分であるというのに。

 鍵は、大脳皮質に存在するのではないかと筆者は考えている。大脳皮質には、二種類ある点に注目したい。

 言語、概念、空想は新皮質と呼ばれる大脳皮質の中でも最も後に発達した部分に任されている。一枚のピンナップガールを眺めながらマスターベーションができるのは、ヒトの特権と言うべきか、悲しさと言うべきか。しかし、これは、この新皮質が、男性の性衝動に深く関わっていることを示すものであろう。視覚情報は、視覚中枢に投影される。さらに、ここからは新たに発達した頭頂葉の関連野へと投影される。すなわち、視覚情報からの入力に応じて概念の世界にバトンタッチされるのである。想像の世界で遊べることは、ヒトの特有のものであろう。

 大脳皮質にもう一つの皮質、古皮質が深在する。大脳辺縁系とも呼ばれるこの構造は、記憶、感情、喜怒哀楽、泣き笑い、心地良さに関連し、自律神経中枢である視床下部との関連も強い。また、嗅覚の情報とも強く関連している。

 つまり、生命維持に必要な最も基本的な部分である。理論的概念・空想などが、新皮質に依存しているのに比べ、対照的である。

 女性の性衝動が、この古皮質に依存していると考えると、すべての疑問が氷解する。つまり、女性の性衝動を引き起こすためには、まさに心地良さを必要とする。薔薇の花束の謎は解けた。

 脊髄損傷の患者さんにポルノグラフィーを見せて、脊髄のどの高さで障害があると勃起現象が見られないかを調査した研究報告がある。脳の新皮質で始まった男性の性衝動は、脊髄を下行し、胸髄の中央から脊髄から離れ、交感神経を伝わって勃起現象が起こる。脳と脊髄を離れるまでの間に脊髄損傷があると、ぺニスはポルノグラフィーに反応し無くなる。この間に損傷がなければ、勃起現象が見られ、後はぺニスの物理的刺激が別の経路をたどり、仙髄を反射中枢とする射精反射が得られる。しかし仙髄と大脳の間に損傷があれば、射精反射は大脳に投影されない。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療