プライマリケアにおける遺産薬剤(Legacy Prescribing)の処方パターン(第15回RJC)

ジャーナルクラブ 第15回
2018/12/13
高橋亮太

1 タイトル

「プライマリケアにおける遺産薬剤(Legacy Prescribing)の処方パターン」
Legacy Drug-Prescribing Patterns in Primary Care.
Mangin D, Lawson J, Cuppage J, Shaw E, Ivanyi K, Davis A, Risdon C.
Ann Fam Med. 2018 Nov;16(6):515-520. doi: 10.1370/afm.2315.
http://www.annfammed.org/content/16/6/515.full
カテゴリー research journal club
キーワード
 ポリファーマシー ビスフォスフォネート 抗うつ薬 プロトンポンプ阻害薬
 家庭医療 プライマリヘルスケア ヘルスサービスリサーチ 電子化医療記録
 不適切な処方可能性のある薬剤リスト 不適切処方  診療に基づく研究

2 背景・目的・仮説

●背景
不適切なポリファーマシーはプライマリケアにおける課題。(ref 1-3)
カナダにおいて、薬剤副作用が原因での(予防可能な)入院は年間約70,000症例。(ref 4)
ポリファーマシーの原因や不適切処方を削減するための対策およびその効果に関するエビデンス(レビュー)。(ref 3)
単一疾患患者を対象とした診療ガイドラインが、複数の慢性疾患を持つ患者(multimorbidity患者)に不適切に使用されていることも原因の一つ。(ref 3, 12, 13)
不適切な処方の定義として、総処方数、処方されている薬剤のタイプ、組み合わせなどがあり、Beers Criteriaもしくはanticholinergic burdenなどのリストがある。(ref 14-16)
また、処方期間の長さという定義も存在する。
中期的な処方(Intermediate-term prescribing)は3ヶ月を超える処方とされているがたいていは不明確である。
不適切な処方が、当初は適切だったにも関わらず、効果的な推奨期間を超えて中止されることなく継続処方されているかはわかっていない。
我々は、このような処方を「Legacy Prescribing」と定義する。そして、実体のある問題として不適切な処方に影響を与えていると仮説する。
プライマリケアにおいては、複数の慢性疾患を持つ患者に対する協調的な機能を有しており、また実際に長期間処方を行う状況にある。このことは、不適切な薬剤使用とポリファーマシーを明らかにして、改善していく研究を行う場として適している。
今回我々は、3つの典型的な薬剤(抗うつ薬、ビスフォスフォネート、PPI)について、Legacy Prescribingがどの程度行われているかを明らかにすることを目的として研究を実施した。

3 方法・研究デザイン

●研究デザイン 後ろ向きコホート研究
2010年1月から2016年12月まで
McMaster University Sentinel and Information Collaboration (MUSIC)
日常診療で使用されている電子カルテから収集されたデータを用いた


●データベース
プライマリケア領域のPBRN(practice-based research network)
集計され、匿名化された連続データ
Canadian Primary Care Sentinel Surveillance Network (CPCSSN) data set
このデータベースから、処方と患者情報のみを抽出
18歳から100歳までの患者を対象
Anatomic Therapeutic Chemical (ATC) codes 処方情報を抽出するために使用

●Legacy Prescribing 症例定義
それぞれの処方薬の処方期間を算定して定義した
・抗うつ薬 15ヶ月以上の継続処方(症状改善後6ヶ月での終了が推奨(ref 17))
・ビスフォスフォネート 5.5年以上の継続処方(骨粗鬆症への処方は5年間までが推奨されている(ref 19, 20))
・PPI 15ヶ月以上の継続処方(1年以内の短期間使用が推奨されている(ref 21))

●Legacy Prescribing 計算方法
プライマリケア領域の電子カルテデータから処方期間を分析した研究は少ない(ref 22-26)
今回は以下の2つの方法を採用(pragmatically)
1.sum duration    それぞれの処方箋の開始日と終了日の差を足していく
2.start stop duration  その薬剤が最初に処方された日付と最後に処方された日付の差

●Legacy Prescribing 症例の妥当性検証
もっとも適切に処方期間を検討するために、上記の2つの方法(1.sum duration、2.start stop duration)の両者を含めて検討。
患者を以下の4カテゴリーに分類
1)1.sum durationのみ該当
2)2.start stop durationのみ該当
3)1.sum duration、2.start stop durationともに該当
4)ともに非該当
> 「3)1.sum duration、2.start stop durationともに該当」を「Legacy Prescribing 症例」として定義した
図1 抗うつ薬処方患者におけるlegacy or non-legacy フローチャート

4 結果

●全体
50,813人の成人患者を対象とした
●表1 2010-2016年における3種類薬剤および総計のLegacy Prescription集計のまとめ
・抗うつ薬       Legacy 46%, non-legacy 40%
・ビスフォスフォネート Legacy 14%, non-legacy 73%
・PPI          Legacy 45%, non-legacy 43%
・総計         Legacy 43%, non-legacy 44%
●表2 Legacy Prescriptionと共処方
(総計6,879名から抽出した5,806名について検討)
*単剤Legacy Prescription 82%
・抗うつ薬        32%
・PPI          48%
・ビスフォスフォネート  2%
*複数剤Legacy Prescription 18%
・抗うつ薬、ビス、PPI   0.2%    
・抗うつ薬、PPI      17%
・抗うつ薬、ビス      0.4%
・PPI、ビス        0.9%
 > 抗うつ薬とPPIの共処方のみが際立って多い
●その他の結果
・研究期間内にLegacy Prescriptionを経験した患者の多くは、現在もそれらのLegacy Prescriptionが続いていた(抗うつ薬 61%、PPI 65%、ビス 77%)
・女性患者の多くが、抗うつ薬とビス剤の処方。PPIはほとんどなし

5 考察

●主要な研究結果
研究結果から、Legacy Prescribingはプライマリケアにおいて蔓延しており、かつ、不適切なポリファーマシーの原因となる重要なシステムレベルの因子である可能性が示唆された。
現在もLegacy Prescriptionが高い割合で行われていることは、患者ケアのための研究と改善の機会を表現している。
抗うつ薬とPPIの共処方が高水準であることが重要かつこれまでに報告されていない処方カスケードの存在を示唆している。
SSRIは抗うつ薬として日常的に処方されている薬剤。一定割合での消化器症状の副作用があるため、抗うつ薬とPPIの共処方における潜在的な関連を支持する。

●長所と短所
*長所
日常診療で収集されたデータを用いているため、現実世界のプライマリケア環境での処方状況を反映している。
*短所
・多くの適切な処方パターンを除外している可能性
・今回のLegacy Prescription定義に当てはまる症例において、臨床的には患者状況から長期処方が適切な患者が含まれること
・いくつかのガイドラインでは、限定された患者集団においては、長期間の抗うつ薬投与が提案されている場合もある
・ビス剤処方のLegacy Prescription割合が低い要因として、定義としての処方期間(5.5年以上)が今回の研究対象期間に近いことが影響している可能性
・データは調剤データではなく、処方データなので、患者への暴露を過大評価してしまっている可能性
●研究成果の意味合い
・現行の処方システムは、処方開始と継続に大きく影響を受けるが、中期的な処方の終了を知らせるための制御システムはほとんどない。同じ処方内容が定期的に処方することの方が通常となっている。
・今回の研究結果で、Legacy Prescriptionがある一定割合存在することは驚くような事実ではなく、逆に、システムによる処方方法の変更の必要性を示すものだろう。適切な処方終了のための教育、医師患者薬剤師間のコミュニケーションも必要である。

6 日本のプライマリケアへの意味

・研究成果の実臨床への反映は吟味が必要(適切な処方継続も含有されている可能性)
・カナダのプライマリケア領域での研究成果ではあるが、日本国内においても同様のLegacy Prescriptionの可能性は否定できず、注意喚起は必要

以上

このサイトの監修者

亀田ファミリークリニック館山
院長 岡田 唯男

【専門分野】
家庭医療学、公衆衛生学、指導医養成、マタニティケア、慢性疾患、健康増進、プライマリケア・スポーツ医学