敗血症にステロイド投与は有効か?

post7.jpg【結論】

  • 十分な輸液と血管収縮薬で血行動態が安定してる敗血症性ショックにはハイドロコルチゾンは投与しない
  • 十分な輸液と血管収縮薬を用いても血行動態不安定な患者ではハイドロコルチゾンを投与する
  • 2018/1/19にADRENALの結果が報告されるため、この結果を受けてプラクティスが変わる可能性がある
  • Critical care reviews meeting 2018を視よう!

【Introduction】
副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン( hypothalamus secretes corticotrophin-releasing hormone :CRH)は視床下部から分泌され、下垂体前葉に作用し副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌を促進させる。ACTHは副腎皮質に作用し、これによりコルチゾールが分泌される。通常の血清コルチゾール濃度は5〜24mcg/dlであり、日内で変動した値をとる。コルチゾールはストレスホルモンとも言われるように、身体ストレスや低血圧、重症感染などにより、視床下部-下垂体-副腎系( Hypothalamic-pituitary-adrenal (HPA) )が活性化されることで、コルチゾールの分泌が増加する。これにより日内変動は消失し血清コルチゾール濃度は40-50mcg/dlと高くなる。このような期間中に何らかの原因により最適値以下のコルチゾール産生となれば、「機能的」または「相対的な」副腎機能不全がおきる。敗血症性ショックではコルチゾールの分泌不全に加えて、糖質コルチコイド受容体の減少や組織反応性の低下により、糖質コルチコイド活性が低下する「重症関連コルチコステロイド障害( Critical illness-related corticosteroid insufficiency(CIRCI))」1)を生じることがある。この際、コルチゾールが内因性に上昇するか、外因性に投与されれば、機能的な不全が是正され死亡を回避できるのではないかというのが敗血症ショックに対する理論的背景である。

【ステロイドを投与することによる想定される利益】

  • α・βアドレナリン受容体の感受性増加・数の増加・機能回復
  • NFkBの活性化抑制
  • 抗炎症サイトカインの増加
  • 炎症サイトカインの減少
  • アラキドン酸の阻害
  • 血小板活性化因子の阻害
  • 好中球の凝集を防ぐ


【ステロイドにまつわる臨床研究】

1960年

  • 敗血症に対するステロイド投与の最初の二重盲検プラセボ対照群RCTはBennett2)らにより報告された。重症敗血症、敗血症性ショックに対してハイドロコルチゾン100mgの経口投与とプラセボ投与を比較して、生存に差はなかったことを報告した。

1970年

  • Schumer3)は成人の外科術後の敗血症性ショック患者に対して、2つのステロイドのレジュメンを比較した後方視・前方視をあわせた観察研究を報告している。メチルプレドニゾロン(30mg/kg IV)群、デキサメタゾン(3mg/kg IV)群とプラセボ群で比較して死亡割合は11.6% vs 9.3% vs 38.4%とステロイド投与の有効性を示した。
  • この研究をうけて、1970年から1980年の早期は敗血症性ショックに対して高用量のコルチコステロイドを投与するプラクティスが普及していった。
  • しかしこの研究には多くのLimitationとデザインの問題があった。この研究は一人の研究者が500人の患者を後方視・前方視的に組み入れており、かつ単施設の9年間の研究である。組み入れに用いた敗血症の定義も「septic history」か「血圧の低下」か「血液培養陽性」という主観的な基準であり多分にバイアスを含んでいた。

1980年

  • 4つの研究で敗血症性ショックに対する高用量ステロイドの効果が検討されたが、どの研究でも効果は示せていない
    Sprung4)は単施設の59例の重症敗血症患者に対して30mg/kg IV、デキサメタゾン6mg/kg IV、プラセボを比較。ショックから平均17.5時間で投与し、ステロイド投与によりショック離脱は早いが死亡は変わらないという結果であった。
    Veterans Administration study5)では233人を対象に、診断後3時間以内にメチルプレドニゾロン30mg/kgとプラセボ群を比較したRCTでは14日の死亡は変わらなかった。
    Bone6)らのRCTではメチルプレドニゾロン30mg/kgとプラセボを比較したが、むしろステロイド群で高い死亡割合が確認された。
    Luce7)らの単施設研究では敗血症性ショックと考えられた患者に対して、メチルプレドニゾロン30mg/kgとプラセボを比較し、死亡割合の改善はなく、ARDSの発症割合も変わらなかった。
  • これらの結果から、1980年後半から1990年にかけて高用量ステロイド投与は徐々に控えられるようになっていった。

2000年

  • Annane8)が2002年に多施設二重盲検プラセボ対照群RCTを報告した。フランス19施設のICUで行われ、300例の敗血症性ショックを8時間以内にハイドロコルチゾン50mgを6時間毎とフルドロコルチゾン50mg/day投与を7日間することと、プラセボ投与を行い死亡のアウトカムを比較した。介入前にACTH試験を行い、不応性だった患者(ノンレスポンダー)を対象に解析するとヒドロコルチゾン投与群で28日死亡(53% vs 63%)、ICU死亡(58% vs 70%)、院内死亡(61% vs 72%)が減少したと報告した。
  • この研究を契機に、敗血症性ショックにはACTH試験を行い不応性であればステロイド投与を行うというプラクティスが普及した。著者が学生時分(2010年頃)にもこのプラクティスを行っていた医療者を目にしたことがある。
  • しかしこの研究では、先行研究から得られた回帰モデルを用いて調整死亡率分析をおこなったことでより低いP値を得ていること。 ノンレスポンダーにおける28日死亡に対する未調整での結果のP値は0.11である。また24%の患者でエトミデート(副腎ステロイド複合体阻害薬)投与されていること、フルドロコルチゾンが交絡因子である可能性、対照群で抗菌薬投与の遅れがあるなどいくつかのLimitationがあった。

  • 2005年のOppert9)らの研究では41人の敗血症性ショック患者に低用量ハイドロコルチゾン(50mgボーラス後0.18mg/kg/hrで持続投与)とプラセボ投与を比較し、ショックの離脱が早かったことを報告している。

  • CORTICUS10)では、52施設のICU で499人の重症敗血症を組み入れ、ハイドロコルチゾン50mgq6hr、5日間とその後減量する群とプラセボ群を比較して、28日死亡に差がなかったことを報告している。
Methods Annane 2002 CORTICUS
対象 感染兆候かつ臓器障害で定義された重症敗血症 敗血症患者
介入 ハイドロコルチゾン50mgq6hr
+フルドロコルチゾン50mg/day
7日間
ハイドロコルチゾン50mgq6hr
5日間、6日目から減量
対象 プラセボ投与 プラセボ投与
組み入れまでの時間 8時間 72時間
集団特性 緊急手術・内科 60%・37% 35%・55%
SAPS2 59 49
コルチゾール濃度 対照群:テスト前→後
介入群: テスト前→後
26→28mcg/dl
21→28mcg/dl
29→39mcg/dl
28→39mcg/dl
28日死亡 61% vs 55% 32% vs 34%
  • Annaneの研究では生存の効果を示し、CORTICUSでは生存の益が示されなかった
  • 2つのRCTの結果の違いの理由の1つはAnnaneの研究ではより重症度が高く、死亡割合も高い集団であったこと、2つ目はハイドロコルチゾン投与が8時間以内と早期であったことが挙げられる。
  • このためステロイドの効果はより重症な敗血症の集団で期待されているがその効果はまだ定かではない。


2010-2018年

  • COIITSS study11)は2010年に報告されたフランスの11施設ICUで行われた2×2ファクトリアルRCTであり、509名のSOFA8点以上の敗血症性ショック患者を対象に、強化インスリン療法と通常コントロール、ハイドロコルチゾン (50mgq6hrを7日間) とプラセボの効果を検討した。結果として院内死亡に差はなかった。
  • VANISH study12)は2016年に報告された421人の成人敗血症患者を対象にノルアドレナリンとバソプレシン、ハイドロコルチゾンとプラセボ 2×2ファクトリアルRCTであるが、この研究の結果でも有意差は示されていない。
  • Marik13)らは2016年に単施設の後ろ向き前後比較試験を報告している。この研究では47人の重症敗血症、敗血症性ショック患者を対象に、ビタミンC1.5gq6hr4日間+ハイドロコルチゾン50mgq6hr7日間+ビタミンB1 200mgq12hr4日間を投与とプラセボ投与を比較し院内死亡を比較した所、8.5% vs 40.4%と劇的に死亡を改善した。
  • HYPRESS14)は2016年に報告された、ドイツ34施設で行われた、重症敗血症患者を対象にハイドロコルチゾン50mgボーラスの後に24時間で200mgを5日間持続投与することと、プラセボ群で、敗血症性ショックに進展することが防げるかを比較した二重盲検プラセボ対照群RCTであるが、結果に有意差はなかった。
  • Qing15)の単施設RCTでは118例の敗血症性ショック患者を対象に早期の低用量ハイドロコルチゾンとプラセボを比較したが、死亡、ICU滞在期間、入院期間に差はなかった。
  • 2015年のコクランシステマティックレビュー16)では33のRCTを組み入れ、4268人の敗血症患者でメタ解析を行った。質の低いエビデンスだが敗血症の死亡割合は低下(27 trials; n = 3176; risk ratio (RR) 0.87, 95% confidence interval (CI) 0.76 to 1.00; P value = 0.05, random-effects model)し、中等度の質のエビデンスとして低用量ステロイドは28日死亡を減らす((27 trials; n = 3176; risk ratio (RR) 0.87, 95% confidence interval (CI) 0.76 to 1.00; P value = 0.05, random-effects model))と報告している。
  • ・2017年のGibbison17)のSR+MAでは23のRCTを組み入れ、死亡割合を減少するはっきりしたエビデンスはないと報告した。

【Implication】
これまでのRCTの結果から

  • 高用量ステロイド投与は効果なし (1980年代研究)
  • 低容量ステロイド投与が遅いと効果がないかもしれない(Annane 2002 vs CORTICUS)
  • 低容量ステロイド投与はショックへの増悪は予防しない (HYPRESS)
  • 低用量ステロイド投与は
    ・軽症な敗血症では生存の益はない(多くのRCT)
    ・重症な敗血症では生存の益があるという結果(Annane2002、Marikら)とないという結果(CORTICUS、COIITS、VANISH、Qingら)が混在する

  • 大規模RCTによる敗血症性ショックで重症かつ診断後早期のハイドロコルチゾン投与が予後を改善するかの検証が必要
  • 人工呼吸を要し、昇圧剤を4時間使用した敗血症性ショック患者を対象に90日死亡をアウトカムとしてハイドロコルチゾンの効果を検証したADRENAL(Adjunctive corticosteroid treatment in critically ill patients with septic shock )studyがついに2018/1/19に報告される。
  • この研究では70施設ICUで3800人が組み入れられ、ハイドロコルチゾン100mgをボーラス投与した後に200mg/dayで持続投与を7日間行うプロトコルである。
  • 対象患者は以下である。

Inclusion Criteria:

  1. Aged 18 years or older
  2. Documented site of infection, or strong suspicion of infection, with 2 of the 4 clinical signs of inflammation:
    1. Core temperature > 38°C or < 35°C
    2. Heart rate > 90 beats per minute
    3. White cell count > 12 x 109/L or < 4 x 109/L or > 10% immature neutrophils
    4. Respiratory rate > 20 breaths per minute, or PaCO2 < 32 mmHg, or mechanical ventilation.
  3. Being treated with mechanical ventilation at the time of randomization
  4. Being treated with vasopressors or inotropes to maintain a systolic blood pressure > 90mmHg, or mean arterial blood pressure > 60mmHg, or a MAP target set by the treating clinician for maintaining perfusion
  5. Administration of vasopressors or inotropes for = 4 hours and present at time of randomization.

Exclusion Criteria:

  1. Met all inclusion criteria more than 24 hours ago
  2. Clinician expects to prescribe systemic corticosteroids for an indication other than septic shock (not including nebulized or inhaled corticosteroid)
  3. Patients treated with etomidate
  4. Patients receiving treatment with Amphotericin B for systemic fungal infections at time of randomization
  5. Patients with documented cerebral malaria at the time of randomization
  6. Patients with documented strongyloides infection at the time of randomisation
  7. Death is deemed inevitable or imminent during this admission and either the attending physician, patient or surrogate legal decision maker is not committed to active treatment
  8. Death from underlying disease is likely within 90 days
  9. Patient has been previously enrolled in the ADRENAL study.
  • 集中治療医として必ず結果を確認すべき研究である。
  • 2018/1/19 9-11am(日本時間18-20時)にYouTubeで生配信される予定であり、楽しみ

【もっとひといき】
The Bottom line http://www.thebottomline.org.uk/blog/steroids-in-sepsis/
EMCritRACC https://emcrit.org/racc/steroids-for-septic-shock-preadrenal/

【引用】

1) Marik PE, Pastores SM, Annane D,et al; American College of Critical Care Medicine. Recommendations for the diagnosis and management of corticosteroid insufficiency in critically ill adult patients: consensus statements from an international task force by the American College of Critical Care Medicine. Crit Care Med. 2008 Jun;36(6):1937-49. doi: 10.1097/CCM.0b013e31817603ba. PubMed PMID: 18496365.
2)https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/334681?redirect=true
3)https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1344393/
4) http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJM198411013111801
5)http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJM198709103171102
6)http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJM198709103171101
7)http://www.atsjournals.org/doi/abs/10.1164/ajrccm/138.1.62?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori:rid:crossref.org&rfr_dat=cr_pub%3dpubmed
8)https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/195197
9)https://insights.ovid.com/pubmed?pmid=16276166
10)http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa071366
11)https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/185252
12)https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2540403
13)http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012369216625643?via%3Dihub
14)https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2565176
15)http://www.ajemjournal.com/article/S0735-6757(17)30444-8/fulltext
16)http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/14651858.CD002243.pub3/abstract;jsessionid=0E14907A75A45CBF9E8D0B3CF8A80235.f01t03
17)https://ccforum.biomedcentral.com/track/pdf/10.1186/s13054-017-1659-4?site=ccforum.biomedcentral.com
https://www.georgeinstitute.org/projects/adjunctive-corticosteroid-treatment-in-critically-ill-patients-with-septic-shock-adrenal
https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT01448109

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このサイトの監修者

亀田総合病院
集中治療科部長 林 淑朗

【専門分野】
集中治療医学、麻酔科学