亀田感染症KINDセミナー質疑応答(感染症の原則)

KINDセミナーでいただいた質問にお答えしています!

今回は「感染症の原則」レクチャーにいただいた質問です!!

Q1 発熱時に痰培養はルーチンではとっていないのですか。
肺炎が疑われるときには全例とるようにしています。大事なことは、質の良い痰をとることで、Geckler-Gremillion分類(Geckler分類)が悪い場合にはとりなおしが必要です。
感染臓器がわからないとき、診断に確証がないとき、自信がないときにも抗菌薬を開始する前にはルーチンで取ると良いと思います。

Q2 Urosepsisの場合、その病院や地域のantibiogramでどの程度ESBLs産生菌がいればカルバペネムで開始した方がよいといった基準はありますか。Vitalが悪いと最初ESBLs産生菌の関与を疑い、カルバペネムで開始して後にde-escalationすることがあります。
Antibiogramでどのくらいの割合がいるかは、事前確率の見込みに用います。加えてカルバペネムを用いるかどうかは、患者さんが重症かどうか(初期治療を外した場合に死亡してしまうくらい重篤かどうか)を加味して選択します。ご指摘の通り、vital signが不安定な場合、疫学的にESBLs産生菌がいる可能性があると考えればカルバペネムを用いるのが妥当です。培養を提出していれば、後から抗菌薬をde-escalationできます。
初期治療には一般的に90%以上感受性率のある薬剤を使用することが妥当、とされています。しかし、これでは現在の日本の多くの病院では大腸菌を起炎菌と推定すべき腎盂腎炎による敗血症では全例カルバペネム系抗菌薬を使用することになってしまいます。(幸い亀田では第2,第3世代セフェムはほぼ90%程度の感受性率がありますが)
初期治療の抗菌薬を選択するにはもう一つの軸を考えます。それが患者の重症度です。
三途の川理論と言って研修医には伝えていますが、患者さんがその時点でどのくらい三途の川を渡りきりそうなのか?を考えて初期治療抗菌薬のスペクトラムを決定します。
まず重要な考え方は、「初期治療を外してはいけない」というのはすべての場合に言えることではない、「初期治療は外しても良い場合がある」ということです。前例カルバペネムを選択すれば初期治療を外していない、というのはそもそも幻想です。日本国内には0.1-0.2%のカルバペネム耐性腸内細菌目細菌が存在しますが、それは無視しているわけです。ある条件下ではStenotrophomonas maltophiliaが尿路感染を起こすこともありえます。これもカルバペネムは無効ですが、無視しているわけです。これらは極めて低い確率なので、無視しているのですが、初期治療で外しているわけです。
39℃の発熱があり腎盂腎炎に典型的な臨床経過、症状を呈している女性患者で、悪寒戦慄はあるが、意識ははっきりして受け答えもでき、血圧低下等はなく食事や水分摂取ができるような患者は、血液培養が陽性で初期治療が外れても死亡する確率は極めて低く、感受性検査結果が出て外れていることがわかってから改めて効果のある抗菌薬に変更するという方法を選択することができます。第2世代セフェムで初期治療を開始していても最終的に治療に失敗することはありません。三途の川に足を入れてもいないような患者さんです。
39℃の発熱があり、腎盂腎炎に典型的なプレゼンテーションですが、血圧が70/40mmHg、呼吸数が30回/分、輸液しても血圧は上昇せず、ノルアドレナリンとバソプレシンが必要な患者さんは初期治療の抗菌薬が外れていると死亡する確率が極めて高くなります。このような場合は10%外れる抗菌薬では10%患者さんを失うことになるので、初期治療としてカルバペネムを選択して、3日後に感受性検査結果が判明したら、例えばABPCに感受性のある大腸菌であればABPCにde-escalationすればよいのです。三途の川を全力で渡りきろうとしている患者さんです。
三途の川理論と言いましたが、学問的には患者の層別化、ということを意味します。
予後不良が予測される患者かどうかで患者を層別化して、最終的にカバーするスペクトラムを決定する、ということです。患者に危険を及ぼさない範囲で始めからnarrow spectrumの薬剤を選択するということです。
要するに患者さんをよく診察して、きちんと全身状態を把握して予後予測ができる、という内科的な判断力が必要ということです。内科医としての実力が、感染症診療の実力に繋がります。
Antibiogramという軸と患者の層別化という2軸を考えて初期治療抗菌薬のスペクトラムを選択するという考え方が重要です。なん%、という質問があまり意味がないことがわかると思います。

Q3 抗菌薬変更時は毎回血液培養を取り直していますが、貴院ではどのように指導されていますか。
素晴らしいプラクティスだと思います。当院でも抗菌薬変更時には、都度血液培養を取り直すようにお伝えしています。前日の血液培養では検出されなかったけれども、その日の血液培養では菌が捕まった、ということもしばしば経験します。

Q4 抗菌薬変更時に血培を取り直しているのですが、前回の抗菌薬投与からどれくらいあけると血液培養が出やすいのかで悩みます。どれくらいあけてから血液培養して新規抗菌薬へ変更するのが良いのでしょうか。
抗菌薬変更時に血液培養を取り直すときは、抗菌薬投与を中断してはいけません。
治療中に抗菌薬を変更せざるを得ない、ということは治療がうまく行っていないということを示しているので、抗菌薬を使用しながら採取します。
変更直前に採取すれば良いと思います。
また、そういう症例はなぜ初期治療が失敗したのかを考えるよい機会になると思います。初期治療を選択する際に単純にいつもやっているから、というような理由で選択していないかどうか、検討すると初期治療の選び方が上手になってゆくと思います。

Q5 βDグルカンは治療効果判定には必ずしも有用とは限らないと思いますが、抗真菌薬投与後もβDグルカンが減少せず、微熱で推移する場合は継続的にモニタリングした方がいいでしょうか。またその際に抗真菌薬の増量は選択肢になりうるでしょうか。
β-D-グルカンは真菌の菌体成分の一部です。
これが血液から検出された場合は深在性真菌感染症の存在が示唆されるので、よく探せ!ということを意味しています。
ところで、β-D-グルカンの単位はご存知ですか?pg/mL です。ピコというのは10のマイナス12乗です。10pg/mL がカットオフで陽性なら、10のマイナス11乗gで陽性と判断しているということです。100pg/mLで10のマイナス10乗gが1mL中に存在する、ということです。
それほどほんの僅かな痕跡を検出しているということなので、その数値の大きい少ないで治療経過を論じることがナンセンスなことが想像できると思います。
深在性真菌症はどの患者にも起こることではありません。真菌は本来病原性が弱く、通常の免疫力のある人には深在性真菌症を起こすことができません。だから深在性真菌症が起こりうるホストかどうかの判断がまず重要です。
カンジダ菌血症なら、好中球減少、ICU長期入院、広域抗菌薬長期投与、全経静脈栄養、多数の血管内デバイスなど、全身、あるいは局所の免疫、バリアの障害があるホストかどうかを評価します。そのような事前確率の高いホストにおいて、血液培養から一般細菌が検出されない、菌血症を疑うような臨床状況のときにβ-D-グルカンは役に立ちます。これが陽性なら、カンジダ菌血症の事前確率が極めて高くなるので、血液培養を更に採取して、抗真菌薬の投与を開始することが許容されるのです。
治療効果はβ-D-グルカンを指標にはしないので、その後は測定しません。
血液培養が検出されたら、起炎菌が決定されるので、カンジダが出れば、血液培養が陰性化してから14日間という標準治療期間を投与しきって、患者の状態が改善すれば投与を中止します。β-D-グルカンを測定することはありません。
微熱が続く場合は「なぜ微熱が続くのか」を考えて鑑別診断をすることが必要だと思います。
感染巣が明らかでなく、患者の状態が良く、いくら診察しても感染症らしい所見が得られなければ投与を続けていた抗菌薬を中止することで解熱が得られることはよく経験します。この場合の診断は抗菌薬による薬剤熱です。重要なのは鑑別です。よく診察して微熱の原因を明らかにすることです。
なんでもない、通常の患者にβ-D-グルカンを測定してもほとんど臨床的意義はないと考えます。そういうときは提出しない。これは検査適正使用"diagnostic stewardship"という考え方です。

Q6 カルバペネムを使用して耐性菌の出現のリスクを高めてしまうことに関しては、院内、地域にとってだけでなく、個人にとってのリスクになるという考えで正しいでしょうか。また、そのエビデンスはあるのでしょうか。
カルバペネムを使用して耐性菌の出現リスクを上昇させることは明らかに個人にとってのリスクになります。
どの入院患者も入院中に感染症を起こして抗菌薬を使用する機会が訪れる可能性があります。そのばあい、カルバペネム耐性腸内細菌が感染症を起こした場合は予後が悪いことが知られています。
英国では2016年に抗菌薬耐性が将来の医療にどのような影響を与えるか、を予測したO'Neill reportと呼ばれる報告を公表しました。
https://amr-review.org/

これによると2016年に年間70万人が耐性菌で死亡していると推測され、耐性菌対策を行わなければ、2050年には年間1000万人が耐性菌で死亡する世の中になると推測されています。
これらをもとにWHOではGlobai Action Planという対策計画を立て、加盟各国にAMR対策のaction planを策定し、自国の耐性菌を元初させる具体的な行動計画を実施するように勧告しました。
https://www.who.int/publications/i/item/9789241509763

この勧告の中には耐性菌を放置すれば21世紀の現代医療が崩壊する、通常の医療が実行できなくなる、それはすでに起こり始めていると記載され警告されています。
本来の野生株と多剤耐性株の感染では多剤耐性株に感染したほうが生命予後が悪くなる、という論文は数多く存在します。個人の生命予後がリスクに晒されるということです。
MRSAのIEはMSSAに比べて予後が悪かったという論文です。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17712466/

エビデンスというレベルではなく、現在の医療を行う医療者であれば常識、コモンセンスとして持っているべき知識です。
感染対策に反対する人たちが、よく使う常套句として「その対策にエビデンスありますか?」というものがあります。これに対しては「その対策を行わなくてよいというエビデンスがあればご提示ください」と返答すると良いということが、感染制御の世界のジョークとしてよく言われています。
エビデンスは探してみて初めてあるかどうか、分かるものだと思います。
調べてみるとこんな面白い論文もありますよ。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7035751/

このサイトの監修者

亀田総合病院
臨床検査科部長、感染症内科部長、地域感染症疫学・予防センター長  細川 直登

【専門分野】
総合内科:内科全般、感染症全般、熱のでる病気、微生物が原因になっておこる病気
感染症内科:微生物が原因となっておこる病気 渡航医学
臨床検査科:臨床検査学、臨床検査室のマネジメント
研修医教育