microbiology round

先日のmicrobiology roundは、Salmonellaでした。
混乱しやすいのですが、いわゆる「チフス菌」は、正確にはSalmonella enterica subsp. enterica serovar Typhiで、別の細菌ではなく血清型で分類されたSalmonellaの一部です。
また、SS培地(右)ではnon-Typhiでコロニー先端が黒くなりやすく、Typhiで黒くなりにくい点も勉強になりました。

(まとめ)
【微生物的特徴】
SalmonellaはGram陰性桿菌、通常、周毛性の鞭毛をもち、運動性がある。5〜46°C、pH4.0〜9.6で発育可能。糞便内で1〜2ヶ月程度生存する。乾燥や冷凍に対する抵抗性が強く、土壌・乾燥食品・冷凍食品などでも長期間生存する。ほ乳類、は虫類、両生類や下水・河川および食品などに広く分布する人畜共通病原細菌。ウシ、ブタ、ニワ トリなどの家畜・家禽(かきん)類、ペット動物の腸管内にも分布するので、これらに汚染された食品や水を介して経口的にヒトに感染し、急性胃腸炎を主体とする食中毒や全身性のチフス性疾患を起こす。

【分類】
1884年にアメリカの病理学者 Salmonによりブタの腸から分離され、 Salmonの名にちなみSalmonellaと名付けられた。分類に関しては、多くの研究者によって各種の分類様式が提案されてきた。
現在は、Salmonella entericaとS. bongoriの2菌種に分けられる(表1)。前者は亜種として6つに分類される。 ヒトに病原性を示すのは、S. enterica subsp. enterica と S. enterica subsp. arizonae
その他の亜種とS. bongoriはヒトに病原性がなく、冷血動物や自然界の環境に分布する。 Salmonellaはさらに、O抗原とH抗原による血清型の分類が行われ、その組み合わせにより現在までに2500種以上 の血清型が報告されている(表2)。S. enterica subsp. entericaの血清型は、その病型の違いから、大きくチフ ス型か、非チフス型に分けられる。
また、血清名には疾病名を付したもの、S. Typhi、S. Paratyphi Aや感染宿主名を付したもの、S. Choleraesuis、S. Typhimurium(ネズミチフス菌)、S. Abortuseqi(馬流産菌)などがあるが、現在は最初に分離された地名をつけることになっている。日本の地名ではS. Sendai;仙台、S. Narashino;習志野、S. Nagoya; 名古屋、S. Miyazaki;宮崎、S. Onarimon;御成門、S. Mikawashima;三河島、S. Itami;伊丹などがある。 食中毒の原因として特定される血清型として最も多いのはSalmonella Enteritidisであるが、近年、その発症率は 減少傾向で、その他の血清型が増加してきている。

【抗原構造】
SalmonellaはO抗原、H抗原、Vi抗原によって各種の血清型に型別される。
(1) O抗原:2つ、あるいはそれ以上の耐熱性のO抗原をもっている。この抗原のうち、一つの主抗原とその他の副抗原の分布によって群が決定される。1〜67までの抗原があり、O2群〜O67群までの45群に区別される。
(2) H抗原:易熱性の鞭毛抗原。2種類のH抗原をもつ菌(diphasic)と、1種類の抗原の菌(monophasic)がある。
(3) Vi抗原:SalmonellaのV抗原(莢膜様抗原)は、S. Typhi、S. Paratyphi C、S. Dublinなどに認められるVi抗
原で、これらの菌の新鮮分離株にのみ認められ、その菌株の発病力に関与している。食細胞による食菌を阻止 したりすることにより発病力を強め、時には敗血症を起こしやすくする。Vi抗原は100°C、30分以上の加熱で容易に消失する。また、継代培養を続けるとVi抗原は消失する。 (V-W変異)
日本で臨床材料から検出されるSalmonellaの98〜99%はO2群〜O1、3、19群(A群〜19群)までに含まれる。

【検査】
〈生化学性状〉 ブドウ糖からのガス産生、硫化水素産生、リジン脱炭酸反応陽性。乳糖・白糖非分解で、インドールテスト陰性。 〈分離培養〉SS寒天培地、DHL寒天培地、BTB乳糖加寒天培地。一般サルモネラは硫化水素を産生するので、SS 寒天培地やDHL寒天培地では灰白色の中心部が黒変した集落をつくる。 〈類縁菌との鑑別〉Citrobacterの一部がSalmonellaの抗O血清と凝集することがある。Citrobacterはリジン炭酸反応陰性、ONPGテスト陽性。

【病原性】
非チフス サルモネラ は、胃腸炎を引き起こす。 感染が成立するのに必要な推定菌量は調査の方法により幅がある。アウトブレイク調査では、200未満の菌数で胃腸炎を発症したと推定された。鶏卵では、S. Enteritidisによる汚染が多い。
鶏卵でのヒトへの感染経路は2種類
on egg 感染:卵殻表面に付着した糞便に存在する菌が卵内部に侵入
in egg 感染 : 感染鶏の卵管、卵巣に保菌されている菌が卵の形成過程で卵内部に取り込まれる場合
in egg感染では、卵を加熱・殺菌せずに食べることでSalmonellaに感染する可能性がある。卵内のSalmonella は、卵黄膜の損傷により、菌の増殖が速くなるという特徴がある。殻の割れた卵では卵黄膜が損傷している可能性 があるので、生食には用いない方がよい。

【症状】
典型的には、汚染された食物や水を摂取してから、12-48時間で嘔気、嘔吐、下痢で発症する。潜伏期の中央値は最大で7日間と報告されており、食中毒の中では潜伏期間が長い場合があるのが特徴。 便の性状は、軟便であることが大半で、血便は少ない。下痢は3-7日で自然に改善することが多く、10日以上持続 する下痢では他の診断を考えるべきである。発熱は48-72時間で改善する。症状の改善した後も4-5週間は便への 菌の排泄が継続する。抗菌薬治療は菌の排出期間を長くする。 <その他>Salmonellaは血管へ感染する傾向が強い。Salmonella腸炎は、5%が菌血症になる。小児では、腸炎か ら菌血症になることが多いが、高齢者ではprimary bacteremiaを呈することが多い。50歳以上の高齢者では、 Salmonella腸炎の9-25%が菌血症を来し、感染性動脈瘤の合併症も高まるという報告がある。 <保菌>急性感染症の12ヶ月後でも、尿や便からSalmonellaが検出される。NTS(non-typhoidal Salmonella serovars)感染のうち、0.2-0.6%が慢性キャリアとなる。Salmonella慢性キャリアでは、多量の菌が便から排泄される。キャリアの治療を行うべきかは議論がある。

【治療】
健常者における軽症〜中等症のSalmonella腸炎には、抗菌薬の投与はすすめられていない。抗菌薬は熱や下痢等の有症状期間を短くするものではなく、むしろ治療開始後 1ヶ月の便培養の陽性率が高くなる。多くの場合、抗菌 薬は投与せずに、症状や脱水への対症療法のみを行うことが基本となるが、止痢薬は菌の排出を長引かせたり、麻痺性イレウスを起こす可能性もあるため、できる限り投与は避けるべきである。 Salmonella腸炎において、特に抗菌薬の投与が考慮される状況としては以下のような例があげられる

  • 乳幼児や高齢者で比較的症状が重い患者
  • 菌血症や膿瘍などの腸管外病巣がある患者
  • 基礎疾患として HIV 感染症などの細胞性免疫障害を有する患者
  • ステロイドや免疫抑制剤などの投与を受けている患者
  • 人工血管、人工弁、人工関節などがある患者

抗菌薬は、成人においてはニューキノロン系が第一選択となっている。一般的な投与期間は 3〜7 日間であるが、菌血症の場合には 14 日間、腸管外病変については各病態に応じた期間の投与を行う。ニューキノロン薬に対する感受性の低下や薬剤アレルギーがある場合には、セフトリアキソンやアジスロマイシンなどが選択される。
近年は、薬剤耐性菌の増加が大きな問題となってきている。1990年代には、複数の抗菌薬に多剤耐性を示す DT104というファージ型の S. Typhimurium が、欧米諸国から報告されるようになった。さらに、これまで第一選択とされてきたニューキノロン薬に対する薬剤耐性菌によるアウトブレイクも発生している。 キノロン系は、各種細菌の染色体に存在するDNAジャイレース(gyrA)やトボイソメラーゼIV(parC)遺伝子内 にあるキノロン耐性決定領域(Quinolone-resistant determinat region, QRDR)のアミノ酸変異によって耐性化する。QRDR内のアミノ酸変異が1か所以上存在するとオールドキノロンであるナリジクス酸(NA)は高度耐性化 する。NAに対して耐性を示すSalmonella菌による感染症に対し、ニューキノロン系抗菌薬は無効か効果が弱いとされている。こうした株の多くは旧ブレイクポイントでは感受性となることから、ニューキノロン低感受性菌と呼ばれており、CLSIではNAを用いたスクリーニングを推奨していた(CLSI2011)。2012年のブレイクポイントの 改訂により、CPFX低感受性菌の多くは耐性もしくは中間となると推測される。
また近年、NA 耐性のみならず、extended-spectrum βlactamase(ESBL)やAmpC type β-lactamase (AmpC)産生による第三世代セファロスポリンに対する耐性も、腸管外サルモネラ症に対する第二選択薬として推奨されていることから問題視されており、それら βlactamaseと NA 同時耐性を示す株の増加と多剤耐性化傾向を懸念する報告もある。また、薬剤感受性が良好にもかかわらず、治療後も長期に菌が検出される場合には、胆石保有などによる胆嚢内保菌も疑う必要がある。

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このサイトの監修者

亀田総合病院
臨床検査科部長、感染症内科部長、地域感染症疫学・予防センター長  細川 直登

【専門分野】
総合内科:内科全般、感染症全般、熱のでる病気、微生物が原因になっておこる病気
感染症内科:微生物が原因となっておこる病気 渡航医学
臨床検査科:臨床検査学、臨床検査室のマネジメント
研修医教育