小児虫垂炎の画像診断における臨床診断サポートシステムの効果 -クラスターランダム化比較試験での検証-

Journal Title
Effect of Clinical Decision Support on Diagnostic Imaging for Pediatric Appendicitis A Cluster Randomized Trial
JAMA Network Open. 2021;4(2):e2036344. doi:10.1001/jamanetworkopen.2020.36344

論文の要約
・背景
虫垂炎は、小児の外科救急の中でも最も頻度の高い疾患であり、米国では年間で7万5000件にも上る。それほど頻度の高い疾患でありながら、未だに他の急性腹症との鑑別が難しい。そのため、救急外来では虫垂炎の誤診や見逃しを恐れ、また診察効率も求めるあまり、腹部USやCTでの画像診断に頼りすぎる傾向にある。しかし、USやCTの問題点として、前者では画像所見が施行者の技量に左右され再現性が乏しいことが挙げられ、後者では勿論、被爆の問題があり、成人に比して放射線に対する臓器感受性が高い小児では、必要以上の画像検索は避けるべきである。
本研究の著者が2018年に新たに確立した pARC スコア(Pediatric Appendicitis Risk Calculator Score)は、2002年に提唱された小児虫垂炎のスコアリングシステムであるPAS(Pediatric Appendicitis Score)に対して診断精度が高いことが示されており、本研究では、このpARC scoreを用いることで小児虫垂炎診断における画像利用が削減されるかを検証した。

・方法
本研究は、米国の2つの大規模な医療システムに属する、地域を拠点とした17の救急外来で実施された、並行群間クラスターランダム化比較試験である。 17施設の内訳は、ミネソタ州、ウィスコンシン州のHealthPartners(HP)から6施設、カリフォルニア州北部のKaiser Permanente Northern California(KPNC)から11施設で、年間外来患者数はそれぞれ約16万人と80万人に相当する。研究は介入前期間、介入期間の2段階で実施され、その間にウォッシュアウト期間が1ヵ月設けられた。患者は、5日以内のびまん性または右側腹部痛を主訴とする5〜20歳を対象とした。ただし、妊婦や外傷歴、虫垂切除術歴がある者、疼痛部位が当てはまらない者、併存疾患がある者、過去7日以内のER受診歴がある者、ウォッシュアウト期間にERを受診した者は除外された。
本研究では、一般にCDS(Crinical Decision Support)システムと呼ばれるエビデンスに基づいたリアルタイムの臨床診断サポートシステムが活用され、前述のpARC スコアと米国での個人ベースの電子健康記録(EHR)を統合して、本研究独自のCDSであるAppyCDSが開発された。AppyCDSは、患者の性別、年齢や身体所見、検査データからなる8項目を医師が入力することで、診察している患者の虫垂炎リスクがその場で算出され、7段階に細分化されたリスクとそれに沿って推奨すべき医療行為が示される。
対象となった研究施設を、AppyCDSを用いて提示された推奨事項に沿って診療を実施する群と、通常診療を行う群にクラスターごとに無作為に割り付け、各群での画像利用の頻度を比較した。
主要評価項目は、初回のER受診でのUS、CT 利用の削減とし、副次評価項目は、ERでの滞在時間、転帰、初回受診から7日以内のER受診とICU入室、重篤な全身状態、その他の外科疾患の診断とした。さらに、腸管穿孔、組織学的な誤診、虫垂炎の見逃しを安全性の評価項目として設定し、費用分析として研究期間内の医療費の総額も解析した。
解析手法は、一般化推定方程式のPoisson modelを使用し、各評価項目について群間のRORs(ratio of ratios)と95%信頼区間を推定した。
サンプルサイズは、12のクラスターにおいて、αエラーを0.05、検出力を80%、ベースのCT使用割合を30%と仮定して、1クラスターあたり600人と推定された。

・結果
2016年10月から2019年7月までで、17施設(40283人の患者)が無作為化され、9施設(3161人)がAppyCDSを用いた診療に、8施設(2779人)が通常診療に割り付けられた。患者全体の臨床的特徴について、平均年齢は11.9歳で、男子が44.0%を占めていた。主要評価項目である、初回のER受診でのUS、CT 利用の削減に関しては、CT,USいずれにおいても全体では有意な削減は見られなかった。〔CT (0.94; 95% CI, 0.75-1.19),US (0.98; 95% CI, 0.84-1.14), CTまたはUS(0.96; 95% CI, 0.86-1.07)〕
しかし、pARCスコアに基づくリスクごとの解析では、pARCスコア15%以下の低リスク患者でUSとCTいずれにおいても有意な画像利用の削減が見られ、またpARCスコア 16-50%の低〜中等度リスクのある患者ではCTのみで有意な削減が見られた。〔pARCスコア15%以下での画像利用の削減(ROR, 0.82; 95% CI, 0.73- 0.93), pARCスコア 16-50%でのCT利用の削減(ROR, 0.58; 95% CI, 0.45-0.74)〕
5つの副次評価項目のうち、転帰については両群ともに80%以上が帰宅方針であり、ER滞在時間は、AppyCDSを用いた群でわずかに延長していた。その他の項目は、両群で有意差を認めなかった。安全性の評価項目については、両群で時期ごとに比較しても有意な差はなく、費用分析では両群で医療費の総額に差は見られなかったものの、ER受診初日から4〜14日後までの外来診療費の総額は、AppyCDSを用いた群で有意に低かった。

Implication
本研究は小児虫垂炎に対するclinical prediction ruleであるpARCスコアに対する影響分析(インパクトアナリシス)である。結果としてAppyCDSを介したpARCスコアを利用しても画像利用は削減されなかった。しかし、研究者らは、pARCスコアが低い群での画像利用の大幅な削減がみられ、全体としても画像を適切に利用する動きが見られたと報告した。
本研究は米国一国ではあるものの大規模でありクラスターランダム化デザインが採用され、介入間のcontaminationが避けられ、washout期間が設けられるなど適切なデザインが採用されている点が内的外的妥当性がともに高い。一方、非常に多くの患者が除外されているため、選択バイアスのリスクや一般化可能性が損なわれている可能性がある。米国1国であり、医師は救急専門医もしくはそのトレイニーで構成されている。そのため、CTやエコーの利用状況が異なる国や施設、対応医師が異なる環境では結果が異なってくる可能性がある。米国では、患者の医療情報を病院間で共有できる電子健康記録(EHR)のような個人単位のデータベースが存在し、本研究ではそこにCDSシステムを組み合わせて活用することで、pARCスコアを利用しやすい環境が整えられた。しかし、そのようなシステムのない地域での活用は難しく外的妥当性に問題がある。以上からハイボリュームの救命センターにおいてpARCスコアが有用ということは現時点で言えない。

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このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科