医師主導の病院前外傷管理が重症鈍的外傷患者の死亡率改善に寄与している

Journal Title
Physician-led prehospital management is associated with reduced mortality in severe blunt trauma patients: a retrospective analysis of the Japanese nationwide trauma registry
Scand J Trauma Resusc Emerg Med 29, 9 (2021). https://doi.org/10.1186/s13049-020-00828-4

論文の要約
・背景
ランダム化比較試験やコホート研究では、医師主導の病院前外傷管理の有益な効果が示唆されていた。しかし、最近の系統的再検討では、医師主導の病院前管理の効果を支持する証拠は、方法論的に質の高い研究の数が限られているため、不十分であると結論づけられている。
ドクターヘリの使用により、医師主導の管理の有効性は、病院前搬送時間の短縮という利点により過大評価されていた可能性がある。医師主導の病院前外傷管理の有用性は、搬送時間とは無関係に評価することが重要である。しかし、医師主導の病院前外傷管理の独立した効果を評価した研究は行われていない。本研究の目的は、医師主導の病院前外傷管理が患者の死亡率に及ぼす影響を、病院前搬送時間とは無関係に評価することである。加えて、医師主導の病院前外傷管理そのものが患者の死亡率に与える影響を検討し、今後の医師チームの効率的な派遣体制の確立に役立つと考えられる患者の特徴を明らかにする。

・方法
日本国内の大規模後ろ向きコホート研究。2009-2019年にthe Japan Trauma Data Bank (日本外傷データバンク、以下JTDB)に登録された症例を使用している。
Inclusion criteriaは、(1)15歳以上で外傷重症度スコア(ISS)が16以上の鈍的損傷を受けた患者、(2)受傷現場から直接搬送した患者、(3)受傷時刻、医師との接触時刻、病院到着の時刻が具体的に得られた患者である。Exclusion criteriaは(1)受傷現場での心停止患者、(2) Abbreviated Injury Scale(以下、AIS)=6と定義された救命不能な受傷した患者、(3)解析に必要なデータが欠落している患者(完全症例解析)、(4) 受傷から病院到着までの時間や受傷から医師との接触までの時間など、病院前のタイムコースに関する非現実的もしくは外れ値(M推定量を用いたロバスト線形回帰分析を用いて統計的に検出・除外された)をもつ患者とした。
Interventionは、外傷外科医に限らず、病院前診療に関するトレーニング(超音波検査による評価、気管挿管、胸腔内ドレナージ、骨髄内輸液、ターニケットを用いた一時的な止血術など)を受けた、救急で働いている医師が介入した患者とした。これらの患者は接触時間(医師が患者の評価を開始した時間)と病院到着時間を比較することで同定した。また、Comparisonは救命救急士が介入した患者とした。傾向スコアマッチング propensity score matchingによる交絡因子の調整が行われ、その変数として、年齢、性別、受傷起点、受傷の年、受傷現場での収縮期血圧と呼吸数、受傷現場での意識レベル、ISS、病院前搬送時間(受傷の発生から病院到着までの時間)、受傷の時間帯や季節が設けられた。患者データを最大限利用するため、1:4(医師主導:救急救命士主導)でのペアで抽出された。主要評価項目は病院死亡とし、カイ二乗検定が行われた。また、感度分析として全てのコホートを使い、上記と同様の変数を用いて多変量解析も行った。副次評価項目として年齢、重症度などでサブグループ解析を行った。

・結果
JTDBに登録された361,706名の症例のうち、inclusion criteriaを満たした72,308名の患者の中から、45,307名の患者が除外された。残った30,551名の患者のうち、2,976名が医師主導群、27,575名が救命救急士群であり、ここから傾向スコアマッチングを用いて抽出された2,690名の医師主導群と、10,760名の救命救急士主導群となっている。主要評価項目は院内死亡割合であり、医師主導群で387人(14.4%)、救命救急士主導群で1718人(16.0%)(OR = 0.88、95%CI、0.78-1.00、p = 0.044)であり、患者の生存率と医師主導の病院前外傷管理との間には、病院前搬送時間とは無関係に有意な関連性があることが示された。副次評価項目で は65歳未満 (OR 0.74 [0.78-0.92])、ISS25以上の重傷 (OR 0.82 [0.72-0.94])、骨盤または下肢のAISが3以上 (OR 0.67 [0.52-0.86])、総搬送時間が60分未満 (OR 0.80 [0.69-0.92])がより介入群で院内死亡が少ない傾向をしめした。

Implication
本研究は、約30000症例の大規模コホート研究であり、傾向スコアマッチングにより群間の背景因子の均一化を行い、病院前外傷診療における医師の介入の効果を検証した貴重な報告である。内的妥当性として、特に変数選択において医師主導による搬送時間を考慮した点、季節や緯度の違いを含めた日本の環境因子に配慮した点、検出力を上げるため1:4マッチングを行った点、2群間で重症度に関わる重要な変数のASMD(abosolute standard mean difference)が<0.1でしっかりと群間のバランスが保たれている点、マッチングによって除外された患者も含め、多変量解析を用いて感度分析を行い、一貫した結果であった点は強みである。
 一方、今回採用された重要な変数の一つである搬送時間は現場と病院の距離や実際の搬送時間ではなく、受傷から病院到着までの時間が採用されている。この時間には搬送時間だけでなく、医師の治療行為の時間が含むことになるため、中間変数の側面も併せ持ち、傾向スコアの利点が損なわれている可能性がある。また、傾向スコアで選択された変数のアウトカムを予測する精度をC統計量で評価されているが、傾向スコアの適切性を評価するのであれば介入の有無を判別する能力を評価し、両群間に傾向スコアに十分な重なりがあることも示す必要がある。
未測定交絡については都市部や農村部でのメディカルコントロールの運用方法の違い(キーワード方式など)、鋭的損傷の有無などが考えられる。
外的妥当性としては約30000症例の大規模コホート研究であるものの、実際にマッチングや欠測データのため72,308名の患者の中から、45,307名の患者が除外されており、母集団の代表制が損なわれている可能性がある。
以上から今後も引き続き、病院前外傷診療における医師主導の有用性について、さらなる検証や上記有効と予測される対象に絞った検証を期待する。

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文責:菊地真由 / 南三郎


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このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科