挿管前の輸液負荷は手技中および手技後の心血管虚脱を減らすか

Journal Title
Effect of a fluid bolus on cardiovascular collapse among critically ill adults undergoing tracheal intubation (PrePARE): a randomised controlled trial
David R Janz et al.
Lancet Respir Med 2019 Published Online October 1, 2019 https://doi.org/10.1016/ S2213-2600(19)30246-2

論文の要約
<背景>
毎年何百万人もの重症の成人が気管挿管を受けており、気管挿管を受けている重症患者の4人に1人が心血管虚脱(処置中または処置直後にショック、心停止、または死亡する者と定義)を起こすとされている。また、挿管による心血管虚脱は、死亡リスクの有意な増加と関連している。ある観察研究では、心原性肺水腫のない患者への導入前の輸液負荷を含む10項目の挿管前チェックリストの実施は、心血管虚脱の発生率の低下(11%)と関連していた。北米とヨーロッパでの実臨床では、気管挿管を受けている重症患者の約半数が、輸液ボーラス投与を受けている。
これまでに気管挿管患者に対する輸液ボーラス投与の効果を調べたランダム化試験はないため、本研究では、重篤な成人への輸液ボーラス投与が手技中および手技後の心血管虚脱を減らす可能性がある、という仮説のもとに施行された。
<方法>
米国の9施設(8つのICUと1つの救急部門)で、実用的/多施設/非盲検化無作為化試験を行った。 気管挿管を受けた重篤な成人(18歳以上)は、500 mLの晶質液のボーラス投与あり、またはボーラス投与なし、のいずれかに無作為に割り当てられました(1:1、ブロックサイズ2、4、6、研究施設毎に層別化)。主要評価項目は心血管虚脱の発生率として、以下の4項目のいずれかを満たすものとした(挿管後1時間以内の死亡、挿管後1時間以内の心停止、導入から挿管後2分までの新規のsBP<65mmHG、導入から挿管後2分までの新規の昇圧剤の導入、もしくは増量)
アウトカムの評価者は独立しており正確性を確認するために主任研究者の評価と照合した。
輸液ボーラス群では心血管虚脱の発生率が15%、ボーラスなし群では25%と予測し、α=0.05,power=80%とし、サンプル数は500人と算出した。
<結果>
患者は2017年2月6日から2018年1月9日までに登録され、安全性監視委員会により無益性に基づいて中間解析で終了している。 試験終了までに、スクリーニングを受けた成人537人中337人(63%)がランダムに割り当てられた。 輸液ボーラス投与ある群の169人中31人(18%)で、輸液ボーラス投与ない群の患者168人中33人(20%)で心血管虚脱が発生した(絶対差
1.3%[95%CI -7.1%〜 9.7%]; p = 0.76)。 心血管虚脱の個々の要素は、二群間で有意な差はなかった(・新規の収縮期血圧<65mmHG ボーラス群11 [7%]対非ボーラス群10 [6%]、昇圧剤の新規使用または増量 ボーラス群32 [19%]対非ボーラス群31 [18%]、1時間以内の心停止 ボーラス群7 [4%]対非ボーラス群2 [1%]、挿管1時間以内の死亡 ボーラス群2 [1%]対非ボーラス群1 [1%])。また院内死亡率においても、輸液ボーラス群(48 [29%])と輸液ボーラスなし(59 [35%])で有意差はなかった。

Implication
静脈内輸液ボーラス投与は、輸液ボーラスなしと比較して、重篤な成人の気管挿管中の心血管虚脱の全体的な発生率を減少させなかった。
本研究は、よくデザインされているRCTであり、評価者も独立しているという点では内的妥当性は高める。しかし、盲検化できていないこと、主要評価項目がソフトアウトカムを含む複合アウトカムであること、ランダム化以前にどのくらい輸液負荷を受けているか不明であること、などは内的妥当性を下げていると言える。なお本研究は、9施設中7施設において挿管前に陽圧換気をすべきかどうかというPreVent Trialに共登録されており、陽圧換気の影響を受けている可能性は否定しきれないという点でも内的妥当性を下げるであろう。
また使用されている麻酔薬の80%はエトミデートであり日本で使用できないこと、循環動態に与える影響が大きくない薬剤であることは既知であり、また臨床医の判断で輸液負荷が必要不可欠な人はexcludeされいる、という点では外的妥当性を下げていると考えられる。
本研究から、ICU患者における挿管時のルーチンの輸液負荷は推奨されない。ただし、上記のように選択基準の影響やトライアルに組み入れられるまでにどれほど輸液がされたかわからないことを考慮すると、個別症例での輸液負荷の必要性については臨床医が判断する必要がある。

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このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科