術後の麻酔深度と合併症の関係

[ Journal Title ]
THE LANCET  Published:October 20, 2019
Anaesthetic depth and complications after major surgery
Timothy G Short, Douglas Campbell, Christopher Frampton, Matthew T V Chan, Paul S Myles, Tomás B Corcoran, Daniel I Sessler, Gary H Mills, Juan P Cata, Thomas Painter, Kelly Byrne, Ruquan Han, Mandy H M Chu, Davina J McAllister, Kate Leslie, for the Australian and New Zealand College of Anaesthetists Clinical Trials Network and the Balanced Anaesthesia Study Group

[論文の要約]
<背景>
Bispectral index (BIS)などの脳波モニターにより麻酔深度を個別化することが可能である。BISを使用した麻酔深度と死亡率との関連の過去の観察研究のメタ解析では、深い麻酔に関連した死亡率では21%の増加を認めたという報告がある。しかし、術中の血圧低下は生命予後を低下させると知られているが、それらの研究では術中の血圧に関しては報告がない。また、別の複数の小規模ランダム化比較試験では、麻酔深度と死亡率の関連性はなかったという報告もある。本研究では大規模ランダム化比較試験を行い、手術にて全身麻酔を受ける患者を深麻酔群と浅麻酔群にランダムに割り当てて『浅い全身麻酔は、深い全身麻酔と比較して術後1年の死亡率を低下させる』という仮説を検討した。
<方法>
本研究は術後合併症リスクが高い高齢者で、浅麻酔と深麻酔での1年全死因死亡率を比較した多国籍多施設2重盲検(患者、評価者)ランダム化比較試験である。患者は60歳以上のアメリカ麻酔学会(ASA)のPS が3 or 4で、2時間以上の手術、また2日以上の入院が見込まれる全身麻酔を受ける患者で、7か国の合計73の施設から募集した。これらの患者を、浅い全身麻酔(目標BIS 50)と深い全身麻酔(目標BIS 35)にランダムに割り当てた。マスキングは患者と評価者に行われた。両群でBISは目標から5単位の間で管理され、治療開始前に麻酔科医が患者に適した平均動脈圧(MAP)の範囲を選択した。追跡調査は麻酔後治療室、術後3日間、退院時、術後30日、術後1年にて行われた。Primary outcomeは術後1年での全死亡率で、Secondary outcomesは合併症として心筋梗塞、心停止、肺塞栓、脳卒中、敗血症、SSI、また集中治療室滞在期間、麻酔中の意識、WHODAS2.0スコア、持続痛、がんの再発を評価した。サンプルサイズは、研究対象患者の術後1年生存率を90%、BIS 50目標で20%減少すると推定しpower;80%、αレベル;0.05でサンプルサイズは6500人と計算され、脱落などを考慮しサンプルサイズを2%拡大した。ITT解析を施行し、Primary outcomeはlog-rank検定で比較し、Cox回帰分析でハザード比を求めた。Secondary outcomesはMantel-Haenszel検定で比較した。
<結果>
2012年12月19日〜2017年12月12日の期間で患者を登録した。25107人がスクリーニングを受け、6644人が3316人(BIS 50群)と3328(BIS 35群)にランダムに割り当てられた。ランダム化後に24人が手術中止や全身麻酔を施行しなかったために除外され、3316人と3328人が全身麻酔と手術を受けた。そのうち18人がフォローできず、3308人と3318人がPrimary outcomeの解析をされた。患者のベースラインや術中のベースラインに群間差なし。
Primary outcome の1年死亡率は、BIS 50群で6.5%(212人)、BIS 35群で7.2%(238人)で有意差なし(HR 0.88, 95% CI 0.73 to 1.07)。Secondary outcomeでは神経障害性疼痛の発症率に有意差は見られなかったが、Neuropathic Pain Questionnaire(NPQ)による重症度評価にて有意差がみられた。その他の項目関しては有意差は無かった。
<批判的吟味>
内的妥当性:本研究は大規模研究で、MAPの目標をランダム化の前に設定することで血圧の交絡因子が事前に調整されている。麻酔科医の盲目化がされておらず情報バイアスが懸念される。また、BIS値は測定値ではなく推定値であり予測誤差が大きい可能性がある。外的妥当性:多施設研究でブロックランダム化されている。

[Implication]
多国間大規模ランダム化比較試験で、重要な交絡因子を調整されよくデザインされている研究である。静脈麻酔薬(プロポフォール)を維持麻酔に関する情報はなく吸入麻酔薬による鎮静に限定された結果となっている。BISモニターは広く一般的に使用されている技術であるが、BIS値は推定値であるということに留意して本研究の結果をとらえる必要があると考える。

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このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科