分娩後出血の予防にトラネキサム酸の使用は有用か?

Tranexamic Acid for the Prevention of Blood Loss after Vaginal Delivery.
N Engl J Med. 2018 Aug 23;379(8):731-742. doi: 10.1056/NEJMoa1800942. PMID: 30134136

【Back Ground】
分娩後出血は母体死亡の重大な原因であり、分娩後の母体に合併症を引き起こす。これに対して分娩直後の子宮収縮薬投与は、出産後出血率を低下させるため全例で投与が推奨されている。抗線溶薬としてのトラネキサム酸は外科手術での出血量を減少させる効果が認められており、最近では出産後の出血に関連した死亡率を低下させることが明らかになっている。しかし、トラネキサム酸が分娩後出血の予防効果があると裏付ける根拠は弱い。

【Research Question】
子宮収縮薬(オキシトシン)に加えてトラネキサム酸を予防投与として加えると、経膣分娩後に500mL以上の分娩後出血発生率を減少させることが可能か。

【Research Contents】
本研究は多施設共同二重盲無作為化試験で、フランスの15の施設で行われた。方法としては経膣分娩を予定していた18歳以上で35週以降の単胎妊娠女性に、分娩後にオキシトシンの予防投与に加えて、トラネキサム酸1gを静脈内投与する群と、プラセボとして生理食塩水を投与する群に割り付けた。回収バッグで測定した500mL以上の分娩後出血を、両者の間で比較した。結果としてトラネキサム酸群で1921例中156例(8.1%)、プラセボ群では1918例中188例(9.8%)に発生し(relative risk, 0.83; 95% confidence interval [CI], 0.68 to 1.01; P = 0.07 )
臨床的なアウトカムを改善しなかった。per-protocol解析でも同様の結果となった。
結論としてはトラネキサム酸をオキシトシンに加えて分娩後に予防投与を行なっても、500mL以上の分娩後出血を有意に減少させることはできなかった。

【Implication】
本研究はフランスの施設に限って行われた研究である。分娩後出血は頸管裂傷、会陰切開の程度や、鉗子分娩や吸引分娩による急速な分娩など、医療者側の技術や各国の出産時の対応によっても違いがあり、今回の結果が全ての環境に適応できるものではない。
一方で対象となる妊婦には出血のリスクを有する数も多く、脱落が少なく、除外基準が比較的少なかったため、標準化しやすい研究と考えられる。また他施設研究であり、ITT解析がなされていて、研究デザイン自体も現実に即している点は意義が大きい。
本研究の計測方法では羊水が混入してしまう可能性が高く、正確な分娩後出血の計測ができていない可能性がある。羊水量を除外した研究や1000mL以上のような重度の分娩後出血に対しての有効性に対しては今回検出力不足であり、今後の研究課題である。
本研究では分娩後出血に有意差は出なかったが、分娩後出血死亡率に関しては以前の論文で有意に改善するとの結論が出てきており(WOMAN trial : Lancet 2017; 389: 2105-16 PMID:28456509)、日本でも「産科危機的出血への対応方針ガイドライン」でトラネキサム酸投与の明記がされていることから、今後本邦における研究結果も充足されていくと考えられる。

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このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科