アイオワ大学麻酔科でのCOVID-19陽性患者の麻酔経験

筆者は15年前に渡米し、アイオワ大学麻酔科で心臓麻酔の臨床医として勤務しておりましたが、2018年より亀田総合病院麻酔科とクロスアポイントメント契約をしております。ここに不定期にアイオワ大学麻酔科での臨床経験を投稿させていただきます。

COVID-19陽性患者の麻酔経験

この度、コロナの巣窟、米国でCOVID-19陽性患者の麻酔管理を2例経験したので報告します。

日本では、緊急事態宣言も解除されコロナの感染は制御されつつありますが、米国では依然、感染者および死者の数が増加している状態です。米国での感染者数は5月28日の時点で172万人で、死者は10万人を超えています。田舎の州であるアイオワ州でも未だ一日の感染者数は200から300人が続いている状況です。(図1)アイオワ

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大学病院でもこれまでに病院関係者が90人感染しており、常に感染のリスクを感じながら麻酔業務を行なっています。これだけ感染者の絶対数が多いと必然的にほぼ毎日COVID-19陽性患者の緊急手術も行われます。そしてとうとう先日私にもCOVID-19陽性患者の麻酔がまわってきました。

患者は縦隔膿瘍に対する胸腔鏡下ドレナージ術が予定されました。麻酔計画はフルPPEで臨み、後期研修医と環境汚染をしないように不潔と清潔係りを決め、クリアボックスの中でビデオ喉頭鏡を用いて換気をせず、迅速導入でダブルルーメンチューブを挿管する、でした。

患者が入室してモニター装着後、患者にクリアボックスを被せ酸素化を十分行い、迅速導入を行いました。そこでまず気づいたことがダブルルーメンチューブは長すぎてクリアボックスには入りきらないことでした。慌ててチューブをくの字に折り曲げてなんとか挿管しようとするも、今度はスタイレットを抜くスペースがなく、結局ボックスは撤去しいざ挿管へ。そこでまさかのビデオスコープのケーブルが断線して画面が消えるという事態に陥りました。仕方なく、マスク換気を行い通常の喉頭鏡を使用して、挿管することになりました。この時点で清潔不潔の役割分担は全く無効化しており、さらに気管支ファイバーによるダブルルーメンの位置確認中も喀痰吸引が幾度も必要で、コロナウイルスに曝される恐怖を感じながらの麻酔となりました。

その後の術中経過は特に問題なく手術終了後、気管チューブをシングルルーメンチューブに交換してICUに帰室となりました。その手術後は流石にしばらく他人との接触を控えておりましたが、幸いその手術に関わった人の中から感染者は出ませんでした。

その2週間後に、第二のCOVID-19陽性患者の症例を担当することになりました。今回はPCR検査*で陽性が出た方の麻酔でした。前回の症例の失敗を教訓に今回は完璧な感染対策での麻酔導入を行うぞと意気込んでいると、一緒に担当することとなった、後期研修医から、「私はもう4月にコロナに感染して、抗体があるので、私が全部やります。先生は見ているだけでいいですよ。」と言われました。そして、彼女はCOVID-19陽性患者対応のプロトコールを参考にすることもなく、手術室にいる皆を指揮し、完璧な感染対策で麻酔管理を行いました。

この後期研修生に感染した時の様子を聞いたところ、初発症状は熱発でコロナを疑い、PCR検査を行なったが陰性と結果が出たため、自宅で療養していたが、一週間以上発熱が下がらず、再びPCR検査を行なったところ陽性の判定が出て、さらに数日後に夜中に呼吸困難で仰向けで寝ることが出来なくなり救急外来にきたそうです。入院後、肺炎の診断を受け、完治まで20日もかかったということでした。完治したのち、研究の為に血漿をドネーションしたところ抗体価が強陽性であったため、現在、彼女はアイオワ大学麻酔科の対コロナ最強戦士として、率先してCOVID-19陽性患者の麻酔科管理を行なってくれており、麻酔科一同は大変助かっています。

日本では今のところ感染者数も限られており、COVID-19陽性患者の緊急手術をする可能性はあまりないかもしれません。しかし、この2例の症例を経験して、万が一に備えて日々、実践トレーニングを積んでおきべきだと痛感しました。また、しっかりとトレーニングを積んでいれば、感染の不安を感じることなくCOVID-19陽性患者の麻酔管理が行えます。むしろ術前のPCR検査が陰性だからと言って感染対策を怠っていると、偽陰性患者からの感染の可能性が高くなるのではないでしょうか。また、感染の既往有無は別として、COVID-19陽性患者の麻酔科管理は少数精鋭のエキスパートチームを作ることにより、より安全な感染対策ができるのではないでしょうか。

*:アイオワ大学病院ではすべての定期の患者および可能であれば緊急の患者も術前にPCR検査を実施していますが、他の大学病院では術前のPCR検査は行なっていないところもあるようです。

亀田総合病院 麻酔科部長 植田 健一

このサイトの監修者

亀田総合病院
麻酔科主任部長 小林 収

【専門分野】
麻酔、集中治療