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第10話 漢方の2つの顔

2022/10/1

前回に引き続き、実際の漢方診療のご紹介です。
「望・聞・問・切」という「四診」のうち、最後の「切診」は患者さまに直接触れて診察する“触診”です。漢方ではどのような訴えで受診されたとしても基本的に全例で最初に脈・舌・腹を診察させていただきますが、この脈と腹を診るのが切診です。「花粉症の治療に来たのに、なぜお腹を触るの?」とこれまた訝いぶかしがられたりしますが、これも治療にあたって全身の状態を把握するために欠かせない診察なのです。

日本漢方では、特にこのお腹の診察「腹診」が重要です。現代医学の診察とは違い、脚を伸ばした状態で診察するのが特徴です。現代医学のお腹の診察は、お腹の中の炎症や腫瘤がないか等を診ますが、漢方の腹診では腹部を押した際の反発力や、腹部のいくつかの点を圧して妙な痛みが出るか、筋肉の緊張や弛緩、皮膚の温度、乾燥の程度、汗の有無などなど…様々なものを診ています。

脈の診察も現代医学のように脈の速さやリズムのみならず、強さや触れる深さ、脈の流れなども重視します。中国などではお腹の診察をしない一方で、脈を非常に細かく分類して詳しく診ますが、漢方では風邪などの急性の病気以外では、そこまで脈を重視しません。それでも脈から得られる情報というのはなかなかのものです。私は以前いた病院で鍼灸部門と一緒に逆子の治療をしていたため、何百人という妊婦さんの脈をとらせてもらったのですが、そのうち妊娠しているかどうか、さらには胎児の性別は男女どちらかを、脈を診ることで結構当てられるようになりました。おそらく交感神経などの変化で、動脈の壁の緊張などが影響を受けて変化するのでしょうが、人間というのは実に複雑精緻で不思議なものです。

さて、こうして四診を経て患者さまの状態を診断し、治療のために適切な薬を選ぶわけですが、実は漢方には「標治と本治」という「2つの顔」があることはあまり知られていません。今現在つらい症状や、困っていることをできるだけ素早く緩和する治療が「標治」。目先の症状よりも患者さまの状態を(漢方的な視点からみて)最善の状態にするのが「本治」で、これによりご本人の治るチカラを引き出していく戦略です。

もちろん両者は全く別個のものではなく、多くの場合多少なりとも重なり合って進行していくのですが、現在多くの医師が使っているのは、ほとんどの場合が困った症状に便利な薬という「標治」的な使い方です。これはこれで非常に便利で、だからこそ医療の現場でも広く使われていますし、市中の薬局でも実にたくさんの漢方薬が市販されています。そういう薬の多くはキャッチーなカタカナなどの名前をつけられて売られていて、購入される方の中にはそれが漢方薬だと知らないで飲まれている方もたくさんおられると思います。名前を変えてまで売られるのは、イメージは良くないのかもしれませんが、それだけ漢方薬がよく効くからでしょう。

一方、当科のような漢方の専門科では本治を中心に治療を行うことが多いです。標治が、洪水が起こったとき家の周りに土嚢を積んだりポンプで水をかき出すような治療だとすれば、洪水の原因となっている破綻した堤防を修繕したり、そもそもの川の流れを治水工事でなおすような、時として遠回りな、しかし本質的な治療が本治、といえば分かりやすいでしょうか。

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東洋医学診療科 部長 南澤 潔

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