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素潜り前の空気詰め込みで意識喪失!? ~肺の過膨張により発生する動脈ガス塞栓症の診断と治療~

2015/9/1

前回はヘリウムガス入りスプレー缶による事故の話をしましたが、限度を超えて肺に空気を送り込んで空気塞栓症を起こしてしまうのは、実は、素潜り競技会で起きていることが報告されています(注1)。


素潜り競技会では、一息でできるだけ長い距離を泳いだり、あるいは深く潜ったりするために、舌と喉の筋肉を使って空気を過剰に肺へ詰め込む(Lung-packing)手技を行う選手がいます。これにより競技中に空気塞栓症を起こした事例があります。普段は200mを一呼吸で泳ぐ能力のある選手が、50m泳いだところで異状感覚が出たあと手足が動かなくなってしまったのです。別の実証研究では(注2)、素潜り競技者がLung-packingをすると、平均1.4L(0.77~2.19L)の過剰詰め込みになるのですが、6人のうち4人が縦隔気腫といって空気塞栓症を起こしかねない肺の障害があったと報告されています。


口から吸い込まれた空気は、気道が枝分かれして行った先の径が0.3mmほどの小さな袋(肺胞といいます)にたどり着きます。その周りをシート状に毛細血管が取り囲んでいて血液と空気の接点となっていますが、そこは0.2から0.3μmの極めて薄い構造となっています。そのために肺胞の内圧が7~8kPa(深度で言うと水面から70~80cmの圧力)高くなっただけで肺胞に障害が起きる可能性があると言われています。

さらにヘリウムは、空気の80%を占める窒素に比べ原子が小さいために薄い膜を通過しやすく、塞栓症を起こしやすいガスであると言えます。

ヘリウムガス入りスプレー缶のノズルをくわえたまま、自分がガスを吸い込める以上にボタンを押し続けて、スプレー圧によりガスを肺に入れる行為は危険ということになります。そういった安全上の注意書きは必須だと思います。

肺が異常に膨らんだ場合、動脈にガスが入ってしまい、意識障害、視力障害あるいは不整脈などの塞栓症の症状がでますが、その他の随伴症状として、肺胞が破綻して肺の外に空気が漏れて気胸が起きたり、心臓と肺の間の縦隔と呼ばれる部分にガスが押し出されて縦隔気腫になり、ガス量が多いと皮下にガスが漏れ出て皮下気腫となって首周りまで達します。もし首の付け根のところが膨らんでいて、押してみると「ぶつぶつ」と雪をつかんだような感触、“握雪感”と言いますが、そんな所見が突然の意識障害と共にあった場合には動脈ガス塞栓症(空気塞栓症)を専門医は確信します。

縦隔気腫や皮下気腫は胸部X線を撮れば容易に確認できます。実際、救急搬送先での胸部CT写真で広範囲の皮下・縦隔気腫と気胸があったと報告されています。


前回ご紹介したヘリウムガス入りスプレー缶による事故でとても残念に思うのは、同時に撮影された頭部CTで気泡が認められなかったこと、さらにけいれん発作を抑えながら翌日取られたMRIの拡散強調画像にも所見がなかったことから、動脈ガス塞栓症を考慮した再圧治療が直ちに行われなかったことです。

けいれん発作がぶり返した入院6日目のMRI拡散強調画像で広範囲に多発性の拡散低下を認め、頭部CTでも同部位に低吸収域を認めたため、この時点で動脈ガス塞栓症が疑われ、転院となって再圧治療となっています。


再圧治療を行った都立荏原病院の土居浩先生は、脳動脈ガス塞栓症の場合は、血栓による塞栓症とは異なり初期のMRI拡散強調画像では所見が無いため、病歴から脳動脈ガス塞栓症を疑った場合、できるだけ早期に再圧治療装置のある施設と連携をとることが重要であるとのご意見であり(注3)、全くその通りであると思います。

動脈ガス塞栓症は、再圧治療の開始が発症から2時間を超えた場合には、治療成績が悪くなります(注4)。可及的速やかに再圧治療されることがなによりも優先され、発症後直ちに再圧治療がなされた場合には、回復が早く、障害を残さずに完治させることができます。

【引用文献】
(注1)Schiffer T, Lindholm, P: A new pathophysiological mechanism behind drownings in breath-hold divers; arterial gas embolism after glossopharyngeal insufflation. Undersea Hyperbsric Med 2010:37:340-341.
(注2)Ski C, Mathisen LC, Hagen O, Gjønnæss E, Spook-Fintl K: A study of lossopharyngeal inhalation, looking for arterial gas embolism. Undersea Hyperbaric Med 2010:37:339.
(注3)土居浩,山田功太,長崎弘和,望月由武人,吉田陽一: ヘリウムガス吸引による脳空気塞栓症の一例. 日本高気圧環境・潜水医学会関東地方会誌 2015: 15 (1): 21.
(注4)Thalmann ED: Principles of U. S. navy recompression treatments for decompression sickness. In Bennett PB & Moon RE eds. Diving accident management, Bethesda MD: Undersea and Hyperbaric Medical Society: 194-221, 1990.
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